「わかりました」
「西館に泊まってくか?今日ならレフのベッドでも、文句言われないだろ」
「それは…オレの脆い理性が持たないから、やめておきます」
「生意気な」
からかうリュイスの態度は、広間を出ると静かに変わった。しばらく口を開かず、ウィルもただ黙って、リュイスの背中を見て歩いていた。
「…お前には、本当に感謝している」
「リュイス様…」
ぼそっと呟いて。足を止めたリュイスは、苦い表情でウィルを見下ろした。
「お前がいなかったら、アルダの二の舞だった」
「そんな…オレは」
「つまらん謙遜は美徳じゃないぞ、ウィル。確かに私の魔力は、治癒に関して完璧に近いものだ。まあ…もっとも。お前の足を治してやれなかったんだから、大したものではないのかもしれんがな」
ふっと表情を和らげて、リュイスは再び歩き出した。
普段どんなに、ウィルをからかって、意地悪なことを言っていても。いつも彼はウィルの足を気遣い、ゆっくりした速さで歩いてくれる。
「私の前の緑の賢護石も、その前も。間に合わず失った命の記憶が、この身の内には積み重なっている。何度同じことを繰り返したって、慣れないもんだ」
「………」
「アルムからレフが刺されたと聞いたとき、アルダの姿が頭を過ぎったよ。彼女はこの王宮で亡くなった。そばには王宮医師団がいたはずなのにな」
「ですが、それは…」
「ああ。仕方ないことはわかっている。レフと違い、複数箇所を剣で斬りつけられた彼女は、即死に近い状態だったから。でも、な…あの時、誰かが。お前みたいな強い心で、諦めずに私を待っていてくれたら、と。…どうしても、考えるよ」
あの時、王都を離れていたリュイスは、今回と違い駆けつけるまで、丸一日を要した。状況が違うのは誰しも……リュイス自身も、わかっているのだろう。
しかし、この王宮に住む人々は、賢護石が身近な存在だからこそ、彼らが「代わりのいる存在」だと、思い込んでいる。
そう。確かに黄の賢護石は生まれ変わる。
けれどアルダの代わりに生まれた紫の賢護石が、けしてアルダではないように。
レフという存在は、今のレフだけだ。
黄の賢護石の寝室にたどり着き、扉の前で足を止めたリュイスが、それを叩くために手を上げた。彼の手をウィルが、静かに押さえる。
「ウィル?」
「感謝しているのは、オレの方です」
「………」
「貴方が来てくださって良かった。必ず駆けつけてくださると、信じていました」
「ああ。そうだな」
「はい」
優しい笑みで頷いてくれるリュイスに、ウィルも笑って頷き返した。
―――貴方が来てくれなかったら…オレには、何も出来なかったから。
その言葉を飲み込んで、穏やかに微笑みリュイスを見上げていた。
寝室にいたレフは、不機嫌そうな表情を浮かべ、ベッドで身を起している。その顔を見た途端、ウィルと一緒に部屋へ入ったリュイスが足を止めた。
「ヤバい」
「はい?」
「怒ってる」
いつもはレフのことを、その容姿から「オコサマ」なんてからかうのに。今のリュイスはこちらの方が子供みたいな顔で、レフに背を向けた。