アメリアはきっと、ウィルが誰かと一緒に食べると思ったのだろう。疲労困憊の息子にも食べやすいよう、優しい母の愛が篭った、一口で食べられる大きさの焼き菓子。
それを一つ手にとって、ウィルはレフに差し出した。
「食べて?」
「…どうして」
「ん?」
「どうして、アメリアからなんて」
「母さんからだって言えば、レフが食べてくれるかなって思ったから。実際、母さんが作ってくれたんだし」
ほら、と手の上に乗せられたレフは、仕方なくそれを口にした。
菓子は少し歯を立てるだけで、ほろほろ崩れていく。優しい味だが、この種の菓子にしては、ちょっと甘すぎるようだ。
「相変わらず、あの子は…。何にでも砂糖を使いすぎるな」
「自分が甘いもの大好きだからね」
「ああ…そうだったな」
「でも、今のレフにはその方がいいよ。体力を回復させるためには、砂糖が手っ取り早いし」
「…お前は?」
「オレはいい。明日になればまた、クリスに山ほど押し付けられるから」
ふふっと笑ったウィルは、菓子の詰まった袋をレフに渡してしまうと、あっさり手を引いた。
いつもなら隙を見てはレフに触れ、近づこうとするのに。そのそっけない態度に少年の傷ついた心を見た気がして、レフは少し悲しくなる。
どんな時も、ウィルの前では強気な態度を崩さないレフだが。今だけは視線を落としたまま、小さく詫びの言葉を口にした。
「…すまなかった。諦めろなんて、言うべきではなかった」
「オレの声、聞こえてたんだね」
「ああ」
最初に倒れたレフを抱きとめた時も。先の見えない手術をしていた時も。ウィルは諦められるはずがないと、悲鳴のような声を上げていた。
傷のせいで意識は朦朧としていたが、麻酔の効かない賢護石には、その声が届いていたのだ。
ウィルの手首に白い包帯が巻かれている。指先が痺れ動かなくなるたび、彼は自分の手に噛み付いて、痛みを得ることで感覚を取り戻していた。
遠い意識の中で、レフは何度も「もういい」と叫んだけど……それすら、懸命に命を繋いでくれようとしたウィルには、残酷な言葉だったろう。
この子の気持ちを信じるのなら、諦めろなんて言ってはいけなかった。もし本当にレフがこの世を去っていたら、ウィルはどんなに後悔したことか。
そうっと手を伸ばす。
レフからウィルに触れるなんてこと、めったにないのだが。自分のために負ってくれた傷を、労わってやりたくて。
しかしウィルは、さっと手を引いて立ち上がった。
「ウィル…?」
「貴方が無事で、本当に良かった」
「…お前のおかげだ」
「どうかな。…でもまあ、リュイス様に謙遜は美徳じゃないって言われたし。そういうことにしておこうか」
レフは驚きに目を見開いた。
まるでウィルは、自分自身を蔑むかのように。眉を寄せ、泣きそうな顔のままで、口元を吊り上げている。
首を振ったレフは、慌ててベッドから降りようとした。
「何を言ってる!私を救ったのは、お前なんだぞっ」
「…そろそろ、ちゃんと休んだ方がいい」
「ウィル!」
言い募るレフの言葉を遮って。ウィルはレフの身体を、ベッドに押し戻した。