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転がってしまった菓子の袋を、もう一度レフの手のそばに置く。中にはかつて彼が愛した人の作った、甘い菓子が入っている。
貴方を忘れない、永遠に愛していると。伝えるための焼き菓子が。
「それ食べて、ゆっくり休んで。話はまた明日にしよう。オレも今日は、ちょっともう限界みたいなんだ。眠くてさ」
「お前…」
「部屋を用意してもらったし、オレはこの階に泊まらせてもらう。逃げたりしないよ。明日はちゃんと、貴方に向き合うから…今夜はもう、許してよ。アタマが回ってなくて、自分でも何言ってんのか、わかんない」
首を振るウィルは、確かに顔色が悪く、レフよりもよほど具合が悪そうだ。
それが自分の為に、戦い続けてくれたせいなのだとしたら。さすがにもう、食い下がることは出来なかった。
レフは仕方なく頷き、渡された袋を手に取る。
「わかった。…明日だな」
「うん。じゃあね、レフ。おやすみ」
にこりと笑みを浮かべ、ウィルはレフに背を向けた。
素直に母の焼き菓子を食べている気配が、伝わってくる。寝室のドアを開ける時も、ウィルはけしてレフの方を見ようとはしなかった。
少年の傷ついた心には、もう虚勢を張るだけの余裕など、なかったのだ。
夜が更け、月が天頂を回った。
ラスラリエの空には、無数の星が瞬いている。ひっそりと静まり返った西回廊で、ウィルは一人それを見上げていた。
ぼんやりと星座を思い出し、視線でその形をたどってみる。
与えられた部屋を抜け出したのは、もう一時間以上前だ。一睡も出来ないでいたウィルは、レフの様子を見に行こうと思って。しかしそちらへは一歩を踏み出すこともなく、西館を後にしていた。
いつの時代からそう呼ばれているのか、夜空には賢護五石の名を冠した、ひときわ明るい五つの星がある。
人々の真上に赤く輝くのが、赤の賢護石。北方の守護者、青の賢護石。西方に緑、東方に紫。そして……南方にひときわ明るく輝く黄色い星。黄の賢護石を表す星だ。
ぎゅうっと胸の辺りを押さえ、ウィルは唇を噛み締めて俯いた。
今この身に巣食うのは、恐怖と絶望。
レフを失うかもしれなかった、今日の出来事だけじゃない。何も出来なかった己に対する、酷い痛みを伴なう、後悔の名前だ。
―――オレなんかレフのそばにいても、何の役にも立たないじゃないか…!
回廊の大きな柱に寄りかかり、そのままずるずると膝を折る。悔しさに顔を歪めるウィルは、人の近づいてくる気配にはっとして振り返った。
「…クリス」
ほっそりとした皇太子が、夜着の肩にガウンをかけて、静かにウィルを見つめていた。彼は黙ったまま近づいてくると、手に持っていた薄い毛布を広げ、ウィルの身体を包んでくれる。
「部屋の窓から、貴方の姿が見えたのです」
「クリス…オレ」
「今日はお疲れ様でした」
「オレ…オレは…っ」
そっと肩を抱くクリスに、我知らず縋りついていた。
彼はちゃんとわかっている。だからウィルに対して、礼を口にしたりしない。レフを救ったとも言わない。ただ労を労うだけ。