「今日の経験はきっと、アルムの糧になるでしょう。それに、あの子が誰よりも信頼している貴方が、そばにいてくれた。だからこそアルムは立ち上がったんですよ」
話しながらクリスは、ウィルの足元に膝をついた。ぎゅっとウィルの手を握り、泣きそうに歪んだ顔を見上げる。
彼が何に傷ついているか、わかっているからこそ、クリスはひとつずつ事実を並べた。噛んで含めるように諭して、真摯にウィルの瞳を見つめ続ける。
アルムの話は終わりだとばかりに首を振って。クリスは静かに語りかけた。
「大丈夫ですか?」
その問いかけに、ウィルはぎゅっと目を閉じる。
自分の中に押さえ込んでいた気持ちは、汲み取ってくれる者を見つけたせいか、溢れ出して止らなかった。
「…あんまり、大丈夫じゃないな」
「ウィル」
「怖かったんだ…レフを失うかもしれないと思って」
「ええ」
「なのに、オレは何も出来なくて…何も、何ひとつ!そこにいたのに!レフの手を握っているのにっ!オレは…っ」
クリスが握ってくれる手に力を込め、ウィルはそれを自分の額に押し当てた。
感謝など、されるいわれはない。ウィルのおかげだなんて、誰に言われても嬉しくないのだ。
だって自分では、レフを助けられなかった。彼の命が失われていくのを、ただ見ていることしか。
肩を震わせるウィルの、傷ついていく心にのた打ち回るような、苦悶の表情。
そっと手を解いたクリスは静かに立ち上がって、嘆き哀しむ親友の頭を、自分の胸に引き寄せた。
「私は無駄な言葉で、貴方を慰めたりしません。私がどんな言葉をかけても、貴方が救われないのはわかっています。…きっと、誰より。私には貴方の苦しみがわかっている」
「クリス…?」
ウィルと同じくらい切ない、クリスの声。
何を言っているのかわからずに、ウィルが視線を上げる。
クリスは何度か、ウィルの髪に指くぐらせて。悲痛な告解を始めた。
「これは、公にされていませんが。貴方は紫の賢護石アルダが、なぜ死んだのかを知っていますか?」
どうしてここで、アルダなのかと。不思議に思いながら、ウィルは再び首を振る。
「オレは公式に発表されたことしか。確か王宮内で襲われて、戦いの中に亡くなられたとだけ…」
「そうです。彼女はこの王宮でたった一人、何もできない子供を守って死んだのです」
「まさか、それ」
「あの時アルダは、私を庇って戦い、亡くなりました」
「っ…!」
ウィルは目を見開いて息を詰めた。
紫の賢護石アルダの死は、唐突だったにもかかわらず、詳細が明らかにされていない。王都の人々の興味は次代の紫の賢護石に向けられていて、ウィル自身も深く考えたことはなかった。
クリスの淡いブルーの瞳が、冷たく温度をなくしてウィルを映している。王宮の人々がひた隠しにしてきた真実を、彼はずっと抱えていたのだ。
「病弱な私よりも健康なアルムの方が、王位を継ぐに相応しいと思ったのか。…それとも、ただ弟だというだけで、自分が王位を継げなかった数十年前の恨みを、私で晴らしたかったのか。叔父上の放った刺客に襲われた時、そばにはアルダしかいなかった」