冷静な友の言葉を、ウィルは呆然と聞いていた。
国王アーベルの弟がまだ若いうちから隠居したのは、確かにアルダの死と同じ頃だ。
身内の恥を嫌ってのことか、襲われた皇太子の為かは、わからないが。アルダが死んだ理由と同じく、その詳細は公にされなかった。
クリスは静かに目を閉じて、当時のことを思い出しながら、冷たく聞こえるほど落ち着いた声で話している。
「二十人を超える刺客でした。叔父上は全ての事情を承知して、あの日を選んだのでしょう。リュイスが地方へ視察に出かけ、他の賢護石は議会に出席していた。アルダだけは前日に大きな儀式を行ったため、休息を取っていたのです」
「………」
「本当なら西館で休んでいたはずなのに、幼い私を散歩に連れ出してくださった。彼女はあの時、魔力も体力も万全ではなかった。それでも私を庇ってくださったのです」
「クリス…」
「今でも、覚えています。私を守り何度も斬りつけられ、彼女のドレスが赤く染まっていった。もういいと叫んだ私に、彼女は子供がそんなことを気にするなと、笑った」
「…お前」
まぶたを上げたクリスの瞳には、後悔も哀しみも浮かんでいなかった。
ただその瞳にあるのは、強い光。
ウィルはこの時初めて、皇太子クリスティンがなぜいつも、頑固に自分の意志を貫き、己に努力を架すのか、わかったように思った。
そう。クリスは昔から、心配になるほど自己犠牲の塊。ラスラリエの幸福のためなら、自分の身体など少しも厭わない。
華奢な右手が、左胸にあてられる。まるで祈りの言葉のように、クリスは言葉を紡いだ。
「私は忘れない。彼女が自分の腕の中で息を引き取った瞬間を。あの時何も出来なかった自分の無力さを。けして、忘れることなど出来ない」
「…ああ」
「貴方の心が、何を叫び、どうして傷つくのか。私は知っている。だから…無駄な慰めなど口にしない」
言い放つクリスの細い身体を、緩く抱きしめて。その胸に頭を預けていたウィルは、しばらくして顔を上げた。
ゆっくりと立ち上がり、苦笑いを浮かべる。……ようやくわかった。ずっと不思議だったこと。
「お前とは、気が合うはずだ」
「そうですね」
「…オレたちは同じ枷を負う、運命だったんだな」
ずっと力なくうな垂れていたことなど、忘れてしまったかのように。ウィルは窓辺に寄りかかって腕を組んだ。
……人の心を弱くするのは、孤独なのかもしれない。
自分は一人じゃない、と。たったそれだけのことで、粉々に砕けたはずの心が、形を取り戻す。ぐらぐら崩れそうになっていた身体に、力が湧いてくる。
怯える必要などない。ウィルの思いは、最も信頼できる友と、繋がっているのだから。
「泣いて喚いて、蹲っていても仕方ない。オレとお前は運のいいことに、諦めが悪いところまでそっくりだ」
「ウィル?」
表情を一変させた力強いウィルの言葉に、クリスの方が首を傾げる番だった。
訝しげなクリスに、ウィルは彼らしい強気な笑みを見せる。何かを決意したのだと悟ったクリスは、ほっと息を吐いて。同じように口元を吊り上げた。