「お互い様です。…この王宮が、私の戦場ならば。医療の世界が貴方の戦場」
「頼りにしてくれていいぞ?皇太子殿下の主治医も、ちゃんと兼任してやるからな」
「頼りにしてますよ。たとえ、ついでのことでも」
頬を綻ばせたクリスに、ウィルは肩を竦めて応えた。
幼い頃はただ、父が医者だったから自分も医者になるのだと思っていた。
クリスに出会い、無理を押して奔走する彼の支えになりたくて、医者になる誓いを新たにした。
でもきっと、これが最後。
誰かの為に道を決めるなんて、あまりにも自分らしくない考え方だ。
ただ、レフのそばにいたいから。彼にとってかけがえのない存在になりたいから。
結局は己の欲のため。でもこの方がずっと自分らしい。
ぽん、と軽くクリスに肩を叩かれて、ウィルは自分がよほど満足げな顔をしていたのだろうと、照れくさそうに手で口元を覆った。
改めて勧められた椅子に座り、さっきまでうな垂れていたのが嘘のように足を組んで、そこへふんぞり返る。
「夢物語に興じる気はない。具体性のないことを、お前と語っていても仕方ないな」
「仰るとおりです」
「何か…そうだな。研究するにしても、基礎となる知識が必要だ。賢護石という存在について」
皇太子自ら茶器の用意をするのを見つめながら、ウィルは今後のことを考えていた。
王都で手に入る限りの知識は、自分の中にあるはずだ。でもそれだけでは足りない。何かもっと、最初の一歩を踏み出す、確かな足場が欲しい。
「なあ…本当に今まで、誰も研究しなかったと思うか?」
「賢護五石のことを、ですか?」
「そう。とくに彼らの強大な魔力や、それを支える身体について。…例えば目的が、治療ではなかったとしたらどうだ?賢護五石を滅ぼそうとした者が、彼らの身体や魔力を研究したという、記録はないんだろうか」
「あったとしても、その研究成果はすでに封じられているのではないでしょうか」
ウィルの前に温めた器を並べ、クリスはそこへ濃い目のお茶を注ぐ。すでにお互い、今夜は寝る気なんかないとわかっていた。
「隠されているとすれば、どこだろうな」
「そうですね…王立文殿(ブンデン)なら、あるいは」
「サシャの谷にある?」
「ええ。あそこならこの国の書物が、原本複製によらず、全て保存されているはずです」
「誰でも入れる場所じゃないだろ」
「もちろん。国王陛下と赤の賢護石。両方の許可が下りなければ、入ることすら出来ません」
茶器を手にしたウィルは、にやりと口元を吊り上げる。
「なるほど。上手い具合に、皇太子殿下が役に立ってくれそうだ」
「ええ、任せてください。でもウィル、彼らを納得させるだけの建前を、貴方が考えてくださいよ?賢護五石の研究が目的では、おそらく横槍を入れる者がいるでしょうから」
「任せろ。その場しのぎは得意だ」
二人は幼い頃と同じように、共犯者の笑みで視線を交わす。互いに全然変わってないと思って、余計に笑みがこみ上げた。
それからしばらくは、今後のことを話し合っていた。
どうやって許可を取るか。ウィルの大学はどうするか。