【Will x Leff H】 P:05


「何度くらいサシャの谷と、この王都ショアを、エリクに往復してもらったでしょう。初めて行った時は、帰ってくるまで十日もかかった。今では三日で帰ってきます」

 じっと渡された書に視線を落としていたレフは、最後のページを目に止め、ふるっと身体を震わせた。
 そこには研究文ではなく、ウィルト個人の言葉が綴られている。

 ―――私の愛する人。今はこの手が届かなくとも、心はずっと、貴方の傍らに。

 ずっとそばにいるから。
 幼いウィルトの誓った言葉。旅立つ彼は、けして言い訳をしようとしなかった。
 たとえ身体が遠く離れても、心はずっとそばにいてくれたから。

「壮大な恋文だと思いませんか、レフ。…ご感想は?」

 くすくす笑うクリスの声が耳に入らない。レフは思わず、その論文をぎゅうっと抱えていた。
 三年前のあの日、思わぬ傷を受け生命の危機を感じた時にレフは、「諦めなさい」と不用意なことを言った。ウィルトは言うことを聞かず、指が動かなくなるほど必死に、自分の命を繋いでくれた。
 胸が詰まって息苦しい。初めて会った日からずっと、ウィルトの心はレフにだけ傾けられている。

「自分が送っても、きっと貴方は受け取ってくれないだろうからと。代わりに渡すよう頼まれて、私が預かったんです」
「…いつだ」
「はい?」
「エリクが次にサシャの谷へ行くのは、いつだ…」

 一言でもいい、労いと感謝を伝えてやりたい。華奢な指で大事そうに分厚い論文を抱え、潤んで見えるような黄金の瞳に見つめられて、クリスは悪戯っぽく笑った。

「エリクはもう、サシャの谷へ行きません」
「え?」
「必要ないんです。…ウィルが戻ってくるので」

 寝耳に水の話を聞いて、レフはぽかんと口を開けた。
 いつの間にそんな話になっていたのか。二の句が継げないでいるレフの前で、
クリスはあくまで楽しそうに目を細めている。

「三日前、正式に陛下から招聘(ショウヘイ)の通達が出ました。さっきのエリクはそれをウィルの元へ届けて、帰って来たところだったんです」
「そ、そんな…私は何も」
「ええ。貴方に驚いてもらおうと思って、黙っているよう皆に口止めしたんですが…成功ですね」
「クリス!」

 かあっと頬を染めたレフに対し、クリスはまるで子供のように喜んでいる。

「楽しみですね、レフ。ウィルは明日、王都に戻ってきますよ」
「っ!」
「明後日は陛下と謁見、その日の夜に晩餐会です。…言っておきますが、賢護五石の出席は必須ですからね。逃げられませんよ」

 言い出す前に釘を刺されてしまって、レフはもう、どうすることも出来なかった。