【Will x Leff H】 P:06


 
 
 
 どうやらウィルトの帰還は、本当にレフ以外の皆が知っていたことらしい。
翌朝から始まったリュイスのレフに対するからかいようと言ったら、もう本気で逃げ出したい以外の、何物でもなかったのだ。

 ウィルトが帰ってくる。
 王都を旅立った時、まだ幼さの残る少年だった彼が、成長期の三年でどんな変化を遂げているか。レフには全く想像が出来ない。

 国王陛下からの呼び出しを受けては、さすがのレフも逃げることが出来ず。金色の瞳を少し翳らせ、誰の目にもわかるくらい嫌そうな顔で、中央殿の謁見の間に現れた。
 本当は昨日、ウィルトが自分を訪ねてくるんじゃないかと思っていたのだ。しかし幸か不幸かそんなこともなく、レフは眠れない夜中、難しい言葉の並ぶウィルトの論文を読んでいた。

 いくら賢護石だと言っても、得意分野と苦手分野がある。
 レフにとっては医学など、専門外もいいところ。治癒能力を持つがゆえに医療にも詳しい、緑の賢護石と違って、黄の賢護石には何が書いてあるのか、よくはわからない。字面を追うだけで精一杯だったが、それでも堅苦しい論文から溢れている、ウィルトの気持ちは受け取れた。

 どうにかして賢護石を救いたい。
 論文の内容は身体の構造、魔力ことから、心の病にまで及んでいる。

 確かに遠い過去、自分たち賢護五石は同じ魔族の医師から、治療を受けていた。記憶を受け継ぎ転生を繰り返す賢護石にとって、それは昨日の事のように思い出せる過去だ。
 しかし今の魔族は年々弱体化していて、魔力のほとんどを失い、ヒトと変わらぬ能力しか持っていない。
 ヒトという生き物を心から愛し、共に生きようした魔族の進化だと思うからこそ、賢護五石は自分たちだけが特異な身体を持つことに、諦めを受け入れたのだけど。
 ウィルトは難解な論文の中で、
必死に叫ぶのだ。
 自分は諦めるわけにいかないのだと。

 王国軍の兵士が、高らかにウィルトの到着を告げた。重い扉が開かれ、先導する二人の男の後ろに、背の高い青年の姿が見えた。
 国賓ではないので略式だが、正装を身に纏った姿。思わず俯いてしまったレフは、拍手に包まれ進み出た足元を目に止め、おそるおそる顔を上げる。

 目を見開き、息を飲んだ。
 もう本当に情けない話だが、
その後の謁見の場でウィルトが何を言い、国王アーベルが何と返したのか、全く覚えていない。

 呆然として、レフはただ、その見知らぬ青年を見つめていた。
 記憶の中にいる少年とは似ても似つかぬ、精悍な顔つきの男を。

 臆することなく国王陛下の前に進み出たウィルト。十六歳になった彼の横顔に、かつての母親に似ていた、幼い頃の面影はない。
 ぞくっと身体に響くような、低い声が招聘と謁見の礼を述べている。
 深く落ち着いていて、しかしよく通る声。

 父ベルマンよりも高くなった身長は、リュイスとそう変わらないかもしれない。
 ゆっくり片膝をつき、国王から差し出された書状を受け取っている。