くすくす笑っている二人の声。楽しげに言葉を交わす二人は、一向に中へ入ってくる様子がない。
とうとうレフの方が焦れて、扉を開けに行った。
「いつまでも何をしているんだ、こんなところで」
「レフ様!も、申し訳ありません」
慌てて頭を下げる老女官の肩を気軽に叩き、ウィルトはにこりと微笑んだ。
「ごめん。久々にお会いしたから、つい」
「何の用だ」
「うん、早々に帰っちゃうから、どうしたのかと思ってさ。退席の理由、体調が悪いからって聞いたけど?」
「…もう主治医気取りか」
「そうじゃないってば」
会った途端に言い争う二人の間で、老女官がおろおろと視線をさ迷わせている。大丈夫だとでもいうように頷いてやったウィルトは、強引にレフの肩を押して、中へ入り扉を閉めてしまった。
「うわ…さすがに懐かしいな。何も変わってないね」
嬉しそうに部屋を眺めるウィルトの言葉を聞いて、レフは顔を顰める。
何も変わらない。
部屋も、レフも……そう言われたような気がして。
ふいっと離れていこうとしたレフは、後ろから手を掴まれ引き寄せられた。振り払おうとした矢先に、ウィルトはレフを背中から、包み込むように抱きしめる。
「っ、ウィル!」
「…おかえりって、言ってくれないの?」
耳元で囁く、低い声。
身体に流れ込んだそれが、密着した背中をぞくぞく震わせる。
強い力で拘束する腕を振り払い、どん!と思いっきりウィルトの身体を押した。
もう彼はレフの力程度じゃ、身体が傾ぐことさえない。それがあまりに悔しくて……そして同じくらい、悲しいのだ。
「どうして、私が!」
「なんだよ頑張ったのに」
「お前が勝手にしたことだろう?!」
「レフ…」
「私がサシャの谷へ行けと言ったのか!賢護五石の研究をしてくれなんて、私が一度でも頼んだことがあったか?!」
ああ、違う。こんなことを言いたいのではないのに。
彼の深い思いに、感謝している自分がいて。昨日の夜、彼の論文に目を通した時は、感動さえ覚えた。なのに少しも、素直な言葉が出てこない。
「大体、どうしてこんな所にいるんだ!お前は歓迎してくれる皆に囲まれて、クリスと楽しく喋っていればいいじゃないか!」
「………」
「陛下に招聘され、謁見を許された日に、わざわざこんな、怒鳴られるようなところへ来なくてもいいだろ!」
「どんなに怒鳴られたって、オレは貴方の声を聞いていたい」
「何を言って…!」
「貴方の為だなんて、傲慢なことは言わないよ。全てはオレの為だ。オレは自分が幸せになることしか考えてない。ずっとそうだよ」
ゆっくりレフに近づいたウィルトは、静かにレフの手を取り、柔らかく口付ける。もう一度振り払おうとしたレフを、今度は許さずに。そのまま手を引いて歩き出した。
「オレの後見人は皇太子だ。公の場で、あいつの傍にいないわけにはいかない。もちろん友人としても感謝しているし、クリスがいなかったら、オレはここに戻るまでもっと時間がかかっただろう」