西館の厨房にいたある日の午後、レフは料理人からその話を聞いて、慌てて廊下に飛び出した。
「あいつは…本当に!」
廊下の窓から外を見つめ、溜め息を吐く。
視線の先では緑の賢護石リュイスが、まだ幼い少年相手に剣を振るっていた。
もはや稽古などではなく、レフには拷問にしか見えない。こんな鍛錬を彼らは、最近毎日のように繰り返している。
「そんなものか。お前の父親は、もっと骨があったがな」
「っ…!」
必死に立ち上がり、何度もリュイスに向かっていく、年端もいかない少年。彼はウィルトが王都を不在にしている間に、この西館へやって来た。テオ・オーベリ……リュイスの側近だった男の息子。
生まれて間もなく母をなくし、先年には父までも亡くしてしまった少年。彼を、リュイスが引き取ったのだ。
テオの父、カール・オーベリとは、レフも何度か面識がある。顔を合わせれば、立場の違いを踏まえながらも、気軽に話をしていた間柄だった。
思えばカールに初めて会ったのは、あの嵐の夜。ウィルトが右足に怪我を負った日だ。リュイスから「信頼できる」と推薦され、共に探索へ出かけたのが最初の出会い。
責任感が強く、忠義に厚かったカールは、戦いの中でリュイスを庇い、命を落としてしまった。
本当に……あの時は、二度とリュイスに笑顔が戻らないのではないかと思ったくらいだ。
リュイスの盾になって深手を負い、命を落としたと聞いている。リュイスはすぐそばにいたのだが、傷はあまりに深くて。緑の賢護石の魔力でも、命を繋ぎとめることは出来なかった。
―――誰かのために命を落すというのは、相手に重たい枷を与えてしまうんだな…
今さらのように思う。
自分もかつて、第二王子アンゼルムを助けるため、命を落しかけた。もしあの時、自分が死んでいたら、アルムはどれほど深い心の傷を負っていたことだろう。
ウィルトがいてくれて良かった。
彼が自分の命を繋いでくれて良かったと、今なら心から思える。
もう少しで自分は、アメリアの時と同じ徹を踏む所だった。
不安に追い詰められ、刃を向けたアメリアの前で、目を閉じてしまった過去。
愚かにも自分は、あの時と同じように。アルムを守って犠牲になることを、迷いもなく選んでいた。
ウィルトは自分の研究が、あの日をきっかけに始まったのだと聞かせてくれた。
先代の紫の賢護石アルダに庇われ、生き延びた皇太子クリスティンも、同じ痛みを知っているのだと。
確かにアルダが他界した時は、あまりにも自分たちが大きな衝撃を受けていて、クリスの心を充分に癒してやれるほどの余裕がなかった。
大人たちの知らぬところで、心に大きな傷を負った幼い皇太子は、どれほど苦しんでいたのだろう。
だからクリスは献身的に、ウィルトの研究を支えている。
その話をレフは、つい先日、ウィルトに聞かされて初めて知った。