まだ剣を振り上げようとしているリュイスの腕を、強く掴む。年若い姿で成長の止まっているレフが、王国軍元帥であるリュイスに敵うはずはないけど。掴んだ腕は、それだけでぴたりと動きを止めた。
「邪魔するな」
「いい加減にしろ!こんなもの、稽古でも何でもないだろうがっ」
「黄の賢護石が口を出すことじゃない」
冷たく言い放つリュイスの言葉を聞いて、テオは幼い身体でよろよろと立ち上がり、自分の剣を拾うと、震える手で握り締めた。
「だい…じょ、ぶ…です」
「テオ」
「ぼく…まだできます…っ」
「もういい、やめなさい。リュイス!」
窘(タシ)めるレフをじっと見つめ、ようやくリュイスは剣を収めた。
何も言わずに背を向けて歩き出すリュイスを、レフは唖然として見つめる。
最後にリュイスが見せた表情は何だ。
顔を歪めているのは、邪魔をしたレフに対す不満だと思ったが、違う。
―――あいつ…もしかして。
まさか必死に食らいついてくるテオを見て、面白がっているのか?レフが止めに入ることも、全て計算済みで?
必死に笑いを噛み殺しているように見えたが、少年はそれに気付かなかっただろう。
「りゅ…す、さ…ま」
掠れた声で縋るようにその名を呼んだテオは、気を失って崩れ落ちる。
レフはもう余計なことを考えるのを止めて、テオに駆け寄り小さな身体を抱き起こしてやった。
近くで見ると、身体のいたるところに傷が出来、血が滲んでいる。
「やりすぎだろ、あいつ!」
レフの腕の中で、テオの身体がぐっと重くなった。唇が浅い息を繰り返している。
「ウィル!早く手当てを…って、ぁ」
こんなところに、いるはずもないのに。
思わず叫んだ名前に、自分で動揺した。
どうしていもしない男の名前を呼ぶ?彼が医者だから?いつもそばにいて当然だと思っているから?
……どうして、その手を貸して欲しい時、そばにいるのが当たり前だなんて。
レフは頭を振った。動揺している場合ではない。とにかくテオを助けてやらないと。
顔を上げて首を巡らせれば、心配そうに見守る料理人たちが、自分の立っていた窓に集まっている。彼らを呼び寄せようと思った矢先、いないはずの足音が近づいてきた。
「…お前、どうして…」
あまりに驚いたレフは、上擦った声で尋ねている。小さく笑いながら、ウィルトはテオのそばに腰を下ろした。
「どうしてじゃないだろ、貴方が呼んだんじゃないか」
「しかし、だからって…」
「とりあえず移動しよう、レフ。ここは日差しが強い」
手首を取って脈を確かめ、傷の状態を確認したウィルトは、テオの首と膝に腕を差し入れて、小さな身体を抱き上げる。
屋根のある西回廊まで連れて行くウィルトの後ろを、レフは動揺を隠せないままついて歩いた。