「遅くなってごめん。オレ、走れないから」
「いや…そんなことは…」
「まったく。リュイス様も無茶するよな…テオ、テオ?聞こえるか」
回廊の冷たい石の上にテオの身体を横たえ、頭を支えてやるようレフに指示を出したウィルトは、声をかけ、服をくつろげて、手際よく応急処置を始めている。
言われたとおりにテオの頭を膝に乗せ、レフは穏やかだが真剣な横顔を、呆然と見つめていた。
「…来るとは思わなかった」
「何で?貴方が呼んで、オレが来ないことなんかないだろ。…まあ、たまにはあるか」
男っぽい顔がくすっと笑って、レフを見つめている。
愚痴を零したい時。お茶を飲みたいとき。
確かにウィルトは気がつくと、いつもレフの隣にいてくれた。三年間の不在を、忘れてしまいそうなほど。
それはあまりに自然で。レフの中ではもう、当たり前のようになってしまっていて。
誰かに手を貸して欲しいと思う時、真っ先に浮かぶのはこの、落ち着いた甘い色の瞳だ。
きゅうっと胸が詰まった。
どうしてか、泣きたくなってしまう。
「ウィル!」
唇を震わせていたレフは、駆け寄ってきた足音に振り返って、顔色を変えた。
「クリス…」
「ウィル、これでいいですか?」
「ああ。十分だ」
「テオの状態は?」
「ん〜…ちょっと熱が篭ってんなあ。今日は暑いし」
言いながら、クリスから受け取った何枚かの布を広げ、折り直している。水に濡らして絞ってあるのだろう。ふいにそれを、レフの前に差し出した。
「レフ悪いんだけどさ、これを冷たくしてくれないかな」
「…わかった」
抱きかかえていたテオを下ろし、右手をかざして魔力を発動させる。きらきらと金色に輝く光が、白い布に反射していた。
「オレ、レフが魔力使ってるときの瞳の色、好きなんだよね」
「ウィル…」
「どんな宝石よりきれいだ」
ほわりと頬を染めるレフに代わって、テオの頭を膝に乗せながら、クリスは眉を寄せた。
「そういうのは、後にしてください」
「なんだよ…せっかく人が、数少ない機会を活かして口説いてんのに。邪魔すんな」
「今はテオの手当てが先でしょうっ」
「はいはい。お前ほんと、こいつお気に入りだよなあ」
「お気に入りとか、お気に入りじゃないとかは、関係ありません」
「わかったって…ん、もういいよ。ありがとう、レフ」
ウィルは冷たくなった布を何枚か、テオの脇や首に差し入れてやった。最後に残しておいた一枚で顔を拭いてやり、少しずつ落ち着いていく呼吸を観察しているようだ。
「…本当は頭から水ぶっかけて、扇いでやってもいいんだけどさ」
「この子にそんな乱暴な真似をするのは、私が許しません」
「お前ねえ…。オレは医者、お前ただの王子様。治療に関して、とやかく言われる筋合いはない」