【Will x Leff I】 P:10


「いらないって、何度も言わせんな。今の部屋で充分…テオ、クリスにも言われただろ。こんな時に緊張しなくていいから、力抜いてな」

 アルムとクリスを先に歩き出したウィルトは、少し行ってから振り返った。ついて来ないレフを見つめ、訝しげに首を傾げる。

「レフ、来ないのか?」
「私はまだ用があるから。テオを頼む」
「そっか…来ないんだ」

 心底残念そうに呟くウィルトの袖を、足早に戻ってきたクリスが、眉を寄せて引っ張った。

「レフが大切なのは結構ですから、今は治療を優先しなさいっ」
「うるせえなあもう、わかったって。…じゃあレフ、リュイス様に会ったら、
オレの部屋に迎えを寄越すよう言っといて
「ああ、伝えよう」

 名残惜しそうにレフを見つめていたが、ウィルトはクリスを伴ない、アルムを追いかけて歩き出した。
 並んだ三人はテオに話しかけ、顔を見合わせながら離れていく。レフはその後ろ姿を、手を握り締めて見送った。

 あれが正しいのだ。
 自分はあの中にいるべきじゃない。
 でも、何か……心の中にしこりがあって、上手く空気を飲み込めない。

 ぽつんと取り残され、立ち竦むレフの元に、とっくに去っていったはずのリュイスがゆっくり近づいてきた。

「テオの容態は?」
「…お前には呆れる」
「いいじゃないか、別に。あの子が自分で望んだことだ。…まあ、逃げ出したって許さないけどな」

 それは、鍛錬のことか、リュイス自身のことか。
 見上げるレフの視線の先で、リュイスはいたく楽しそうに、唇を吊り上げていた。

 幼いテオには過剰と思われる鍛錬も、可哀相なくらい突き放す、冷淡な態度も。全てはリュイスの思惑なのだろう。
 どんな仕打ちを受けても必死に立ち上がり、盲目的にリュイスを追いかけるテオ。
 少年の瞳は、恩人を見るものじゃない。
 かつてのウィルトが、レフに向けていたものと同じ色が、そこには浮かんでいる。
 黄の賢護石は、あまりにもテオが不憫で、重たい息を吐き出した。

「わかっててやってるんだろ」
「当然。あいつ、どこまで付いて来られると思う?」
「さあな」
「音を上げて逃げ出したら、今度は私が追いかけてやるさ」
「リュイス」
「あれは私のものだ。私がそう決めた。テオ自身にも、反論は許さない」
「…いい加減にしたらどうだ」

 低く呟いたレフの言葉が、自分だけに向けられたものとを思えなくて。リュイスは隣にある金色の瞳を見つめる。それは確かに自分ではなく、四人の去って行った方へ向けられていた。
 どこか未練がましい。なんとなく寂しそうな視線。

「レフ…」
「彼らはヒトだ。我々賢護石と、同じ時間を生きられるわけじゃない」
「………」
「あっという間に年老いて、我々の元を旅立ち、同じ時間を過ごせる者の手を取る。その時に辛い思いをするのは、お前だぞ」
「………」
「覚悟だけは、しておけよ」