今も本来の力を取り戻しているとは言いがたい、ファンの状態。紫の賢護石が弱体化していることに不満を持つ者は多い。
また逆に、心の幼いファンを取り込もうと画策する者も、王宮には大勢いる。
ウィルのおかげでなんとか症状が安定しているものの、そんな不穏分子を抑えるまでには至らない。
だから……クリスのしたことは、あながち間違いではないのだが。
ウィルにはクリスの思惑が、王宮に巣食う魑魅魍魎の牽制だけだとは、どうしても思えなかった。
アルムの不機嫌な姿を上から眺め、その視線を向けられた張本人、ウィルが重たい溜め息を吐く。
ゆったり腰掛けている彼の膝には、クリスが頭を預けて目を閉じていた。
「…酷い奴だな、お前は」
淡い金色の髪を優しく梳きながら言うと、クリスは薄く目を明けて、口元だけを綻ばせた。
「お互い、似たようなものでしょう?」
「オレが?…お前ほどじゃないさ」
「…そう思うなら、私を見捨てて下さい」
「イヤだね」
即答で拒絶する。
たとえクリス自身が己を切り捨てようと、ウィルは彼を放り出したりしない。
「アルムは行ったぞ。いい加減、起きろ」
頭を乗せていた膝を揺すられ、仕方なくクリスは身を起した。
確かにバルコニーの下にはもう、人影がなくなっている。
ほっとした表情で、誰もいない王の庭を見下ろしているクリスの横顔を、ウィルは困惑げに見守っていた。
下を通ったアルムからは、どんな風に見えただろう。
平然と皇太子の居場所に座り、優しく彼の髪を撫でてやる自分と。自分の膝に頭を預け、横になってうっとり目を閉じているクリス。
勘違いさせるには充分だ。
アルムが下を通ると知っていて、この茶番を持ちかけたのはクリスだった。
最近のクリスは、頻繁にこんな茶番を持ちかけてくる。
可愛い弟分であるアルムに、本気で憎まれてしまいそうなウィルは、躊躇うこともあるのだが。結局はいつも、クリスのしたいようにさせてやっている。
自分が受け止めてやらなければ、彼が次にどんな手段をとるか、予想できないからだ。
サシャの谷から戻ったとき、ウィルは成長したアルムを見て、本気で驚いた。
長年、レフを想い続けている自分には、何も言う権利などないのだけど。アルムがクリスを見る視線は、もう弟としてのそれを越えていたのだ。
情熱的というより、獰猛ささえ感じさせるアルムの瞳。それにはまるで、クリスに近づく者は誰であっても許さないというような、傲慢な感情が伺えた。
クリスがそんなアルムに、危機感を覚える気持ちはわかる。
男同士だからとか、兄弟だからなんて常識を、いまさら振りかざすつもりはない。しかし彼らはこの国の王子だ。自分とは違って、己の感情と公の立場を、完全に切り離さなくてはならない境遇に生まれている。
だが、いま十五歳のアルムに、それが出来ると思えない。
そして何よりもウィルには、クリスの本心が読み取れなかった。
自分を利用してアルムを引き離す気でいるのはわかる。しかしそれは、兄としてなのか皇太子としてなのか。
自身のためか、アルムのためか。
ウィルにはどうしても計りきれないでいた。