長く一緒にいて、クリスとは全てを分かち合っているつもりでいたけど。こと弟に関する思いだけは、昔からウィルにさえ悟らせようとしなかった。
アルムが去っていった先を見つめる、クリスの横顔。
感情の読めない、白皙の美貌。
乱れた髪をかき上げる指先が、僅かに震えていた。自分でも気付いたのだろう。己の葛藤ごと押さえ込むように、クリスは両手を握り合わせる。
その姿は祈りにも似ていて。
だが自分たちは、縋る神の名を持たない。
祈る先など、どこにもないはずなのだ。
ウィルはゆっくり立ち上がると、自分より頭ひとつ背の低いクリスをやんわり捕まえ、腕の中に閉じ込めた。
「ウィル?」
「…何を考えてる」
静かに尋ねるウィルを肩越しに見つめたクリスは、やはり曖昧な笑みを浮かべ「何も」と答えるだけ。そして逆に「貴方はどうなんです」と問いかけた。
「オレの、何が?」
「…本当はファンの治療なんて、どうでもいいと思っているんでしょう?その割には、嘘臭いほど献身的に、治療を続けているんですね」
「失礼なこと言うじゃないか。オレは彼の主治医ですよ、殿下」
「レフ以外、興味なんかないくせに」
「そうでもないけど…まあ、当たらずとも遠からず?」
くすっと笑ったウィルは、クリスの身体を緩く引き寄せて、彼を自分の胸に凭れ掛からせた。
「否定しないよ。オレは自分の残酷さを自覚してる」
「………」
「王立文殿では、紙の上の研究しか出来なかったからな。ファン様の存在はある意味ありがたい」
「実験動物のように言うんですね」
「言わせているのは、お前だ」
ウィルはゆっくりクリスを抱き上げると、そのまま部屋へ入っていく。寝台へ運んでも抵抗しないのは、クリス自身が熱くなっている身体を、自覚しているからだろう。
そうっと華奢な身体を横たわらせ、ウィルはそばに腰を下ろした。
「気分は?」
「大丈夫です」
「今のお前ならこれくらいの熱、すぐに引いて楽になるさ。少し横になってろ」
「…はい」
昔からクリスは薬を嫌がった。それが幼い頃、さんざん毒殺の危険にあったからだと、ウィルは知っている。
だからクリスの治療には、極力、薬を使わない。その分、素早く変化に気付いて安静を取らせるのだ。
煩いくらい、座れ、休め、動くなと命じる。何も知らずに見ている者は、過保護な心配性だと思うかもしれない。
それでいいとウィルは思う。
クリスの苦しみは、自分だけが知っていればいい。自分はけして、彼を見捨てたりはしないから。
アイスブルーの瞳が、もの問いたげにウィルを見上げている。悲しげな視線を向けられて、ウィルは表情を和らげた。
長い間、レフに対するものとは全く違う、でも同じくらい大きな愛情を注いで、クリスを見守っている。
ウィルは今でもあの議事堂の書庫で、花が開くように微笑み、幸せそうな顔で「ありがとう」と囁いたクリスが忘れられない。
初めて会った日だ。友達になったというそれだけで、彼は奇跡を見つけたような顔をした。
ウィルは諦めがちに目を閉じる。
クリスの頑固さは、身に染みて知っているはずだ。彼が何かを決めてしまったら、もう自分でさえ、その意思を変えさせることは出来ない。