「私のことはいいんだ。謝らなくていい」
「うん」
「だから、ファンを…早くファンを助けてやってくれ…っ」
「わかってる。彼は貴方の大切な仲間だ。必ずオレが守るよ」
「ウィル」
「心配しないで。大丈夫」
優しく笑いかけると、レフはこくん、と素直に頷いた。
あまりにも可愛いその姿に眩暈を覚えながらも、ウィルはレフの眦に口付けて。力強く肩を押し、自分は部屋の中へ入っていく。
部屋にはファンとアルムしかいない。
誰も入れないのだ。
部屋中のありとあらゆる物が、重たい家具さえ宙を舞い、物凄い勢いで不規則に飛び交っている。こんな中にいたら、いつぶつかっても、おかしくない。
自分に向かって飛んできた大きな額をかわしながら、ウィルは注意深くその様子を観察していた。
―――面白いな…アルムだけ避けてる。
錯乱する前に、アルムの所在を認識していたせいだろうか。もしかしたらファンにとって、すでにアルムは特別な存在になっているのかもしれない。
だとしたら、自分も避けてくれて良さそうなものなのだ。これでも主治医としては、信頼を得ているつもりなのに。
のんびり首を傾げるウィルを見つけ、アルムが声を上げた。
「ウィル!早くっ」
「ああ…そうだな…」
治療方法を検討しているように、周囲からは見えただろうけど。ウィルは全然別のことを考えていた。
―――もうちょっと、どうなるか見たかったんだけどなあ…仕方ない。
不規則に飛来するものが、本当に何の法則もなく飛んでいるのか。確かめてみたいのは山々だが、これ以上続けばファンの身体に障る。それだけは避けなければならない。
ウィルは真剣な面持ちでファンに近づくと、ベッドに腰掛けて右腕を捕らえた。
「アルム、そのまま押さえてろよ」
「っ…くっ!言われなくても、この状態じゃ離せねえよっ!」
「ファン様!私がわかりますかっ?!ファン様!!」
大きな声で呼びかけてみるが、ファンに聞こえている様子はない。ウィルは小さく息を吐いた。
「…仕方ないな。失礼」
細い腕を強く握り締め、長い袖を肩の辺りまで捲り上げる。柔らかい二の腕の内側を一度さすってから、ウィルは思いっきりそこに噛み付いた。
「ひぃっ!ああああっっ!!」
「ウィル…な、なにを」
「いやあああっ!!」
泣き叫んでも、ウィルはファンの腕を離さない。肉が千切れそうなほど強く、しかしあくまで傷はつけないように。
賢護五石の身体は驚異的に免疫力が高く、多少の病なら自然治癒で治してしまう。しかし外傷に関しては、全く違う反応が起こるのだ。
それはある意味、ヒトよりも脆くて、僅かな傷も致命傷になりうる現象。
かつてレフが刺された時がそうだ。
あの時、短剣で刺された小さな傷は、ウィルの目の前でどんどん広がっていった。最初は大したことのない傷だったのに、リュイスが駆けつけたときには、腹の半分も割くような裂傷になっていたのだ。