どうやら彼らにとって、心のありどころが外傷の経過を、大きく左右するらしい。
傷を受けた瞬間、何か他のことに気を取られていると、自己回復力が発動しない。
ウィルのよく知る、過去の事件がいい例だ。
例えば、皇太子の命を救うこととか。
例えば、第二王子の安全を守ることとか。
今のファンには、絶対に傷をつけてはならない。ここまで混乱していたら、自分が傷を負ったことなど、認識できるはずがない。
しかし彼らの免疫力や、強大な魔力の前では、頬を叩いたくらいの痛みに意味はない。
これしかないのだと、ウィルはまるで残忍な愛撫に似た行為を続ける。さすがに痛みを感じたのだろう。少しは意識が戻ったのか、部屋中を飛び交うものが、ウィルを避けるようになった。
やはりそこに誰かいるとわかれば、無意識に守ろうとしている。
ウィルは視界の端に、レフの姿を捉えた。
さっきまで真っ青だった彼は、一瞬かあっと頬を染めて、視線を逸らしてしまった。
―――貴方はほんと、可愛いよ。
「あ…ああ、あ…あぅ…」
叫びが止まり、ファンの身体が震えだす。そうっと腕を離したウィルは、アルムに下がるよう指示して、ゆっくりファンの身体を抱きしめた。
「もう大丈夫…大丈夫ですよ…」
「あ、あ…あ…」
ぼろぼろ涙を零し、泣きじゃくる。折れそうなほど細い身体を力強く抱いて、ウィルはアルムに低く囁いた。
「もうすぐクリスが来る。お前とレフとクリス以外の人間を、この部屋から遠ざけろ」
「ウィル…」
「これ以上、ファン様の姿を晒し者にするつもりか?早くしろ」
「…ああ、わかった」
立ち上がったアルムを見送り、ちらっとレフを見たウィルは苦笑いを浮かべて、ファンの傍らに座り直した。
ウィルの指示に従ったアルムが、侍従たちや部屋の外に集まっていた野次馬を追い出している。
ぱたん、と扉が閉まったのを確認して、ウィルはまるで恋人にでもするように腰を引き寄せ、ファンの身体を腕の中に包み込んだ。
「もう大丈夫、何も怖いことなどありません。泣きたいだけ泣いたらいい」
「あ、あ…わたし…私は…」
「ここにいるのはみんな、貴方の味方です。必ず守りますから…大丈夫。泣いてしまいないさい」
「っ…ひ、ぅ…ふ…ぁ」
崩れるように身体の力を抜いて、ウィルに縋り震えている。優しく身体をさすりながら、ウィルはファンの髪に、頬に、何度も唇を寄せた。
「そう、ちゃんと泣いて。落ち着いたら笑って。ひとつずつ、乗り越えましょう」
「うぃる…と、さま…ごめ、なさっ…ごめんなさい…ごめんなさいっ…」
「謝ることなど何もありませんよ。今日の祭礼、立派に勤めておられましたね」
「でも…でも、私」
今日の祭礼は賢護石にとって、大して難しいものではなかった。しかしまだ魔力の扱いに慣れていないファンには、荷が重かっただろう。
役目を成し遂げようが、しくじろうが、こうなることはウィルの予想の範囲内だった。