【Will x Leff J】 P:08


 ファンの生来の性格なのか、それともまだ実年齢が十二歳という幼さのせいか、彼は何事にも自信を持てないでいる。
 王宮に上がっても、ろくに紫の賢護石としての責務が果たせないことで、自分を追い詰め過剰なほど己を責め立てるのだ。
 だからこそウィルも、カウンセリングに中心を置いて、治療にあたっていた。

「貴方はお勤めを果たされた。貴方にはここにいるだけの価値がある。ここは貴方の居場所です。誰も貴方を疎んじたりはしない」
「っふ…ぁ…っ」
「私を信じなさい。誰が何を言おうと、私が貴方を守ってみせます。ね?」

 出来るだけ静かな声で言い聞かせ、ファン自身が自分を責める前に、明るい道を指し示してやる。そのためにウィルは、親密にファンの身体に触れ、言葉をかけるのだ。

 頬両手で包んで顔を上げさせ、にこりと微笑んでみせる。指先で涙を拭うと、ウィルは長い紫の髪をひと房手に取り、恭しくそこへ口付けた。

「美しい紫の賢護石。私は貴方を守る者。ずっとそばにいますよ…信じてください」

 振り向かなくても、レフが息を詰めるのがわかった。扉が開きクリスが入ってきたのと入れ替わるように、レフは部屋を飛び出していく。
 ウィルはファンの頭を自分の胸に押し付けると、口の端を吊り上げた。

 二人にとって、とても大切な誓いの言葉。
 レフにしてみれば、自分だけに誓ったはずの言葉を、ウィルが他人にも囁いているように聞こえただろう。もちろんこんな口先だけの約束と、レフに捧げた誓いが、同じだけの価値を持つはずはない。
 でもきっと、レフはそう思っていない。
 ウィルは彼が今どんなに動揺しているかと想像して、心が浮き足立つのを止められなかった。

 きっと今、あの黄の賢護石の頭の中は、ウィルのことでいっぱいになっている。ラスラリエのことも、仲間であるファンのことも吹っ飛んでいるはずだ。
 そうしておそらく、ウィルが追いかけてくるのを、涙を堪えながら待っているだろう。

 わかっていても、ウィルはその場を動かなかった。
 立場も役目もある。今のファンを放り出していくことなど出来ない。しかしウィルの表情は、責任感や使命感といった言葉を、微塵も感じさせないものだ。
 抱きしめていた細い身体がみじろいだ。腕を下ろしたウィルの前で、紫の賢護石は人形のように美しい顔を上げた。

「…ウィルト様」
「はい」
「私は…まだ何も出来ないのに…ここにいていいんでしょうか…」
「もちろんです。今日はお疲れになったんですよ。魔力が暴走して、驚きましたか?」

 尋ねるウィルに、ファンが小さく頷いている。主治医はあくまで誠実な態度で、患者の瞳をまっすぐに見つめた。

「魔力はそれ自体よりも、制御する事の方が難しいのです。貴方は祭礼の間中、自分の力と戦っていた。この部屋まで戻ってきて、アルムの顔を見たら、ほっとしたんでしょう?」
「…申し訳ありません」
「謝ることなどありませんよ。それでいいのです。どんな気持ちも力も、抑え続ければ必ず暴れだす。誰でもそうですよ」
「ウィルト様…」