誰に向けた言葉だろうと、自問する自分がいた。
長い片想いに痺れを切らし、傲慢な駆け引きを始めている自分。それがレフを傷つけることは、分かっているのに。
さすがにレフの泣き顔を見たら後悔するんだろうな、と。自嘲気味に考えて。
しかしウィルはそれを億尾にも出さず、ファンにちょっとおどけたような、困った表情を見せた。
「…ん〜、やっぱり慣れないなあ」
「え?」
「オレのこと、ウィルト様って。王宮でオレをそう呼ぶのは、貴方だけですから。もういい加減、他の方と同じように、ウィルって気軽に呼んでいただけませんか?」
ファンに向き合ったまま、静かに近づいてきたクリスから皮の袋を受け取る。袋を紐解いて、中の薬剤を取り出すウィルの隣に、クリスが腰を下ろした。
「クリス様…」
「遅くなりましたね、ファン。もう大丈夫ですか?」
「…はい」
優しく微笑んで髪を撫でてやっているクリスと、恥ずかしげにそれを受け入れているファン。
二人が並んでいるとまるで、豪華な絵画を見ているような気にさえなってくる。
全然別の容姿なのに、どこか似ている二人。ほっそりとした体つきや、儚げな雰囲気。愁いを帯びた面差し。淡い色のきれいな髪。
クリスがアルムにファンの面倒を見るよう命じた理由が、いまウィルの目の前にある。
どうにもやりきれない気持ちが、なかなか消えてくれない。それでもウィルはファンの前にいる限り、笑みを絶やさないのだ。
「あの…ウィルト様」
「はい?」
「その、どうしてもダメですか?ウィルト様ってお呼びするの…」
おどおどと尋ねるファンは、助けを求めるように、クリスの顔を見つめている。ふふっと優しく笑ったクリスは「いいんですよ」とウィルの代わりに答えてやった。
「いいんですよ、ファン。貴方の好きなようにお呼びなさい。私が許します」
「クリス様…」
ほっとした顔でファンが頷いている。
ようやく気持ちが落ち着いたのを見て、ウィルはクリスに視線を遣った。彼も気づいたのだろう。安堵の表情で見つめ返してくる。
それを確認したウィルは、途端にいつもの調子で眉を寄せ、クリスに噛み付いた。
「お前ねえ。なんでお前が決めるわけ?オレとファン様の問題だろうが」
むすっとして言うウィルに、素早く意図を察したクリスが、こちらもいつもの調子で突っぱねる。
「なんでって、決まってるじゃないですか。ラスラリエ王国皇太子の権限です」
「こんな時にそれ持ち出すのは反則だろ」
「貴方だって都合のいいときだけ、私を皇太子様扱いするじゃないですか」
「仕方ないじゃん。だってお前、都合よくコウタイシサマだし」
「ほら、ね?だったら今も都合よく、皇太子サマの言う通りにしてなさい」
「…ったくもう。ワガママ王子め」
「おや、懐かしいこと言い出しましたね」
「そういやそうだな。安心しろ、オレは常にお前のことをそう思っている」
「じゃあもう少し、私のワガママを聞いてくれてもいいんじゃないですか?」
「イヤだね」