【Will x Leff J】 P:11


 ファンに声をかけ、クリスの元へ向かう。アルムが睨んでいるのを承知の上で、クリスの背中を押した。

「行こう、クリス」
「…はい」

 ぽんぽん、と子供をあやすようにクリスの頭を軽く叩く。本心かどうかは分からないが、クリスはにこやかにウィルを見上げた。
 部屋を出て、扉を閉める。
 まるで部屋の中には空気がなかったとでも言うように、クリスは二人になった途端、大きく息をついていた。

「…大丈夫か?」
「大丈夫…私は、大丈夫です」

 誰に言い聞かせているのやら。
 みるみる顔色の悪くなっていくクリスは、それでも首を振って。こちらの方こそ心配そうにウィルを見上げた。

「私のことよりウィル、早くレフのところへ行ってあげて下さい」
「行かないよ」
「でも…」
「まだ時機じゃない。オレはリュイス様に、今のファン様の経過を話してくる。この薬の相談もしたいしな」

 手にしている皮袋を、少し持ち上げて答える。ファンに打った薬は、本来、毒薬として開発されたものだ。しかし極端に免疫力の高い賢護石には、これくらい強い薬でなければ効果が現れない。
 国中から集まってくる新薬を、自ら分析し賢護石に使うべきかどうか検討するのも、ウィルの大切な役目。共にファンの治療を行うリュイスとは、情報交換が必須だ。

 
レフの元へ行かない、というウィルの言葉が、今日だけのことではないと知って、クリスは眉を寄せる。

「…貴方はどこまで、レフを追い詰めるつもりなんですか」
「さてね」
「ウィル」

 咎めるように名を呼ばれ、ウィルは肩を竦めた。

「なあクリス。オレはワガママだし、贅沢なんだ。あの人が望むカタチはわかってる。だがそれは、オレの望むカタチじゃない」
「………」
「ずっとそばにいて、互いの幸せを祈って、優しく甘く誰も傷つけない。そんな時間なんか、オレは欲しいと思わないね」

 すうっとウィルの顔つきが変わった。
 クリスはただ黙って、彼の言葉を聞いている。

 レフが望むのは、穏やかな時間。
 自分の使命を忠実にこなし、そばにはウィルが優しく笑っている。ラスラリエはクリスに引き継がれ、さらに安定した平和が訪れる。明るくて楽しくて、誰も失わず誰も邪魔をしない、そんな温かい時間。
 おそらくはすでに自覚しているのだろう、ウィルに対する気持ちの変化も、そうっと鍵をかけるつもりなのだ。
 いつまでもいつまでも、今のままで。レフはそう願っている。しかしそんなもの、ウィルは認めない。

「レフがどれくらいの時間を生きてきたか。オレが死んだあと、どれほど長い時間を生きるのか。考えただけでもぞっとする」
「ウィル…」

 長い長い時間の中で、自分はただの思い出になり、淡く儚く消えていく。
 簡単に想像できるのだ。だって最近のレフは、一言も母の話を口にしない。それはウィルの存在が大きくなるにつれ、アメリアの記憶が霞んでいる証拠。
 自分が先に逝って……また誰かが現れて。