「では…その、貴方のお気持ちは、変わらないと?」
「私がどんなにしつこい男か、貴方はよくご存知だと思うのですが」
一度青ざめた男は、すぐにかあっと赤くなった。笑みを崩さぬウィルの表情に、怒りを招いてはいないのだと知って、余計に恥じ入っているようだ。
「私は…私は何と失礼なことを」
「お気になさらず」
「申し訳ありません。先生のお心を疑うような真似をいたしまして、本当に…っ」
「構いません、どうか顔を上げてください」
膝をつく勢いで頭を下げる男に、首を振って笑いかける。ぽんと肩を叩いたウィルは、やるせない溜め息を吐いた。
「噂を教えていただけて、良かったのかもしれません。レフ様のお耳に入っているのでしたらなおさらだ」
「先生…」
「一度、ちゃんとお話をさせていただいた方が良さそうですね。…そうだ、私のお願いを聞いていただけますか」
「何なりと!」
「レフ様はとても真面目で、公務にご熱心な方だ。私が休むよう申し上げても、お聞きにならないかもしれない。しかし…明日は一日、レフ様に仕事を離れていただきたいのです」
「わかりました。滞りなく手配いたします。私からもレフ様には、そのように」
「あと、今夜は黄の賢護石のフロアから、人払いをお願いできませんか」
「は?…人払い、ですか?侍従も女官も?」
「そうです。レフ様はご自分の弱っている姿を、人に見せたがりませんから」
「ああ、なるほど」
「誰かの耳があると知れば、あの方は正直な気持ちをお話し下さらないでしょうし…」
貴方はよくご存知だと思いますが、と付け加えたウィルの話し方は、彼の自尊心を満足させたのだろう。わかりますわかります、と大いに頷いて、男はウィルの申し出を全て引き受けてくれた。
「では、そのように」
「感謝いたします」
手を差し出したウィルに感激して、強く握り返した男が去っていく。
彼が扉を閉めたのを確認した途端、ウィルは椅子にぐっと体重をかけ、大きく息を吐いて天井を見上げた。
「…長かったなあ…」
初めて会ったときから、今まで。何年の歳月が流れたのか。
でももう、逃がさない。どんな言い訳も聞いてやらない。
ウィルの口元に笑みが浮かぶ。
それはいつもの、少し意地悪なものではけしてなく。どこか幸せそうで、そしてなんだか、寂しげなものだった。