何百回ここを通ったか分からない。
西館の階段を上がって、ウィルはそのフロアの一番奥を目指していた。
突き当たりは、侍従の控え室。ひとつ手前がレフの寝室。
ウィルの指示通り、今このフロアには誰もいないのだろう。いつになくしんと静まり返った廊下を、ゆっくり歩いていく。優雅な歩みが滞ることはない。
……初めてここへ来たときは、まだ杖に縋って歩いていたのに。
分厚いドアの前で足を止め、そこを叩くために手を上げて。しかしウィルは静かに下ろしてしまう。別に声をかける必要などない。
ここにはレフ以外、誰もいないのだ。
そして彼は、自分を待っているはず。
音をさせずに寝室を開けると、レフはベッドで膝を抱え、顔を伏せていた。
十五・六歳にしか見えない華奢な身体を、小さく小さく抱きしめて、寂しそうに蹲っている。
レフがこんなにも自分を待ちわびてくれるのは、初めてだなと。ウィルの口元に笑みが浮かんだ。
いつもいつも、自分ばかりがレフを追いかけていた。彼もそれが当然だと思っていただろう。
でもウィルが、来なくなって。
その方が当たり前になってしまったら。
きっとレフは初めて、自分のことを真剣に考えるようになる。それがウィルの思惑だった。
彼は黄の賢護石だ。
風の流れや人の気配には、誰よりも敏感なはずなのに。ウィルが来たと気付いても、僅かに肩を震わせただけで、顔を上げようとしない。
ウィルは頬を綻ばせる。
ゆっくりレフに近づいて、何も言わずベッドに腰を下ろした。すぐそばにある体温を感じたのか、今度こそレフが、はっきりと震えた。
「陛下の前でお倒れになったそうですね。体調はいかがですか?レフ様」
他人行儀に聞いて、鮮やかな金の髪に触れる。レフは思いっきりウィルの手を払いのけたが、まだ顔を上げようとはしない。
「…お前のせいだ。お前が悪い。全部、お前が」
「レフ」
「こんなこと…こんな風になったことはないのに。眠れなくて、食えなくて…ずっと、身体を休めることも出来なくて!」
訴えるレフの声が震えていた。
昔から何かと、気に入らないことがあったらウィルに八つ当たり。今回のことは確かにウィルのせいだが、言っていることはやっぱり八つ当たり同然だ。
昔からウィルはこうして、レフに八つ当たりされるのが好きだった。
自分にだけは何を言っても許されると思っているレフ。それが甘えだと、彼は気づかなかったようだけど。幼い頃からウィルには、彼の不機嫌な声が甘やかな囁きにしか聞こえない。
病気だな、と一人で苦く笑う。
だってこんな風になってもまだ、レフは顔を上げてくれないのに。ウィルはそんな態度さえ、嬉しくて仕方ないのだから。
「オレのせいで?」
柔らかな髪に指を絡め、ため息混じりに尋ねてみる。がばっと顔を上げるや否や、レフは拳を振り上げた。
「そうだ!お前のせいで、陛下の前なのに、あんな無様な…!」