若くして成長の止まったレフの、小さな拳で殴られても、今のウィルに大した痛みを与えることは出来ないけど。大きな手のひらは、それを素早く受け止めた。
掴んだ手を強く引いて、細い身体を抱き締める。触れ合った肌の熱さに、ウィルがそばにいることを実感したのだろう。もうレフはそれだけで、自分を抑えることが出来なくなってしまった。
ウィルの肩にしがみついたまま泣きじゃくるレフは、何度も何度も、お前が悪いと訴えた。
苦しそうな嗚咽。掠れる声。何を言っているのか聞き取れない。そんなレフの姿は、本当に子供みたいで。ウィルは小さく笑った。
「俺のせいで眠れなかったって?」
「そうだよっ」
「しかも、アンタともあろう者が、食えないなんて。想像も出来ないな。旨い物を食うのが、手っ取く早く幸せになる方法なんじゃなかったのか?」
自らが料理を趣味にしているせいだろう。旨い物を食うのが、手っ取り早く幸せになる方法。それが昔からレフの口癖。
貴方のことは何でも知っていると言いたげなウィルの言葉に、レフはとうとう癇癪を起した。
「うるさいうるさいっ!誰のせいだと思ってるんだっ!!」
「全部、オレのせいか」
「そうだと言ってる!」
「光栄だね」
全く反省のない言葉を聞き、レフは涙のにじむ瞳で、鋭くウィルを睨みつける。しかしウィルは気にした風もなく、両手でレフの頬を包んだ。
指の長い手に覆われて、びくん、と身体が跳ねる。しだいに染まっていく頬は、もうウィルを子供だなんて思っていない。
震える唇は言葉を紡げずに、きゅうっと噛み締められていた。
それでも、視線が逸らせない。
捕われた小動物のように怯えて、食いつかれるのを待っている。怖がって震えながら、残酷な所業を予感して固まっている。
逃げられないのか、逃げる気がないのか。
レフは自分でも、わかっていないのかもしれない。
「なに、考えてた?」
「ウィ…ル」
「言えよ。何日も何日も。眠れない夜、苦しいばかりの朝。ずっと貴方は、何を考えてたんだ?」
「………」
「正直に言えば、オレが治してやる」
首を振って嫌がったが、唇を塞がれて押し倒され、レフは顔を背けた。
ぎゅうっと目を閉じている。
目の前にある熱っぽいウィルの瞳を、もう見ていられない。
でも、大きな手が顎を捉え、レフに現実を突きつけてくる。
間近にある切れ長の鋭い瞳に、怯えた自分の姿が映っていた。
逃げ場なんか、ない。
こうなることを、わかっていたはずだ。
自分の補佐官は今夜、ウィルが来ることを予告していた。侍従たちはこのフロアを去るとき、ちゃんと挨拶を残していった。
全部、ウィルの采配だと知っていたのに。
彼が会いに来るというそれだけで、レフはここから逃げ出すことを、考えなかった。
怖くて怖くて、涙が止まらない。
あんなに幼く可愛かったウィルはもう、どこにもいなくて。覆いかぶさっている男は、片手ひとつで自分の自由を奪う。