【Will x Leff L】 P:01


 ふっと目を開けた。
 それと同時に、身体に残る気だるい疲れが、昨夜の記憶が蘇らせた。
 一度目を閉じて、そうっと腕の中の人を確認する。彼の美貌は少し青ざめているようにも見えるが、今は心配よりも歓喜に身体が震えた。
 いまだ目覚めぬ想い人に、愛しさが募る。上掛けから覗く白い肩に、ゆっくり唇を押し付ける。

「クリス…」

 掠れた囁きにも目を覚まさない。
 ラスラリエの第二王子アンゼルムは、柔らかく微笑んで、皇太子クリスティンの淡い金色の髪を撫でていた。
 
 
 
 アルムにとって兄は、ずっと兄以上の存在だった。
 それがいつからなのか思い出すのは難しいが、物心ついてから今まで、アルムにとってクリスが『兄』だったことはない。

 透けるような金糸の髪と、どこまでも澄んだアイスブルーの瞳。
 同じ両親から生まれたなんて信じられないほど華奢で、儚げな姿。
 いつもどこか寂しそうで……でも、自分を見てくれる視線は、本当に優しくて。
 こんなにも美しい人を、アルムは他に知らない。

 許されない想いなのは、わかっている。
 同性で、しかも血の繋がった兄弟。そのうえ彼は、この国の王となる人だ。
 いつか王妃を娶(メト)り、子をなして、ラスラリエを次代へと繋いでいかなければならない。今、十七歳の兄がその日を迎えるのは、そう遠くない話だろう。
 わかっているならなぜ、と。人は問うだろうか。
 しかしその問いを投げる者は、本当に人を愛したことがないのだと、アルムは思う。

 誰に言われなくても、わかっている。
 そんなことは、何百回となく己に言い聞かせてきた。
 でも、止まらないのだ。

 思いは募るばかりで、一向に褪せる気配を見せない。どんなにアルムが成長し、背丈が伸びても、二つ上の兄は何も変わらず、それどころかますます美しくなるばかり。
 ダメだと何度も己を責めた。
 しかし兄を前にすると、どんなに固く心に鍵をかけようとしても、想いが溢れ出してしまう。
 許されない。
 口にしてはいけない。
 そう思えば思うほど、気持ちは行き場をなくし、アルムの中で暴れていた。
 もちろん一人苦しむアルムに、あの兄が気付かないわけもなく。
 アルムの想いに気づいているはずの兄は、無言の元に弟の想いを拒絶していた。

 当然だと思う。
 彼は責任感の強い人だ。

 自分の身さえ省みず、いつも国民を、ラスラリエの未来を案じている。自分に聞かせてくれることはほとんどないが、彼の行動を見ていれば誰にでもわかること。
 それが当然で、他に答えはない。
 わかっているからこそ、アルムは自分を押さえ込もうとした。

 だけど募っていく想いは、どうしても消すことが出来なくて。苦しくて辛くて、本当にどうにかなってしまいそうで。

 兄を前にするたび、心は激しく暴れ回る。
 叶わない想いが解放を求めて、どこまでも兄の姿を探してしまう。
 身の内に巣食う獣と戦い続けたアルムを追い詰めてしまったのは、皮肉にもクリス自身だった。