ふっと目を開けた。
それと同時に、身体に残る気だるい疲れが、昨夜の記憶が蘇らせた。
一度目を閉じて、そうっと腕の中の人を確認する。彼の美貌は少し青ざめているようにも見えるが、今は心配よりも歓喜に身体が震えた。
いまだ目覚めぬ想い人に、愛しさが募る。上掛けから覗く白い肩に、ゆっくり唇を押し付ける。
「クリス…」
掠れた囁きにも目を覚まさない。
ラスラリエの第二王子アンゼルムは、柔らかく微笑んで、皇太子クリスティンの淡い金色の髪を撫でていた。
アルムにとって兄は、ずっと兄以上の存在だった。
それがいつからなのか思い出すのは難しいが、物心ついてから今まで、アルムにとってクリスが『兄』だったことはない。
透けるような金糸の髪と、どこまでも澄んだアイスブルーの瞳。
同じ両親から生まれたなんて信じられないほど華奢で、儚げな姿。
いつもどこか寂しそうで……でも、自分を見てくれる視線は、本当に優しくて。
こんなにも美しい人を、アルムは他に知らない。
許されない想いなのは、わかっている。
同性で、しかも血の繋がった兄弟。そのうえ彼は、この国の王となる人だ。
いつか王妃を娶(メト)り、子をなして、ラスラリエを次代へと繋いでいかなければならない。今、十七歳の兄がその日を迎えるのは、そう遠くない話だろう。
わかっているならなぜ、と。人は問うだろうか。
しかしその問いを投げる者は、本当に人を愛したことがないのだと、アルムは思う。
誰に言われなくても、わかっている。
そんなことは、何百回となく己に言い聞かせてきた。
でも、止まらないのだ。
思いは募るばかりで、一向に褪せる気配を見せない。どんなにアルムが成長し、背丈が伸びても、二つ上の兄は何も変わらず、それどころかますます美しくなるばかり。
ダメだと何度も己を責めた。
しかし兄を前にすると、どんなに固く心に鍵をかけようとしても、想いが溢れ出してしまう。
許されない。
口にしてはいけない。
そう思えば思うほど、気持ちは行き場をなくし、アルムの中で暴れていた。
もちろん一人苦しむアルムに、あの兄が気付かないわけもなく。
アルムの想いに気づいているはずの兄は、無言の元に弟の想いを拒絶していた。
当然だと思う。
彼は責任感の強い人だ。
自分の身さえ省みず、いつも国民を、ラスラリエの未来を案じている。自分に聞かせてくれることはほとんどないが、彼の行動を見ていれば誰にでもわかること。
それが当然で、他に答えはない。
わかっているからこそ、アルムは自分を押さえ込もうとした。
だけど募っていく想いは、どうしても消すことが出来なくて。苦しくて辛くて、本当にどうにかなってしまいそうで。
兄を前にするたび、心は激しく暴れ回る。
叶わない想いが解放を求めて、どこまでも兄の姿を探してしまう。
身の内に巣食う獣と戦い続けたアルムを追い詰めてしまったのは、皮肉にもクリス自身だった。