町を十字に走る大通りを歩いていた泰成は、ごおっと音を立てて走る強い風に髪をかき乱され、嫌そうに立ち止まった。
この町は全体的に、北側の山から南側の港へ向かって、緩やかな傾斜を描いている。泰成の位置から顔を上げると、閉じ込められている町の様子が見えていた。
僅かでも高地である北側より、港のある開けた南側を背にして見つめる方が、この町の閉塞感はよくわかる。
岬の先端にあるこの町を陸路で出るには、町の中心にある大きな十字路から東へ走る街道を行くしかない。その街道なら、首都まで行ける。
泰成が二ヶ月前、この町へ来る時に使った道だ。
二ヶ月前、祖国へ帰るための港として、軽い気持ちでこの町を選んでしまった泰成は、すぐに後悔することになった。
町が遠いことは聞いていたが、まさか何もない、動いていないようにさえ見えそうな風景を、二日も見続けることになるなんて。
代わりばえのしない景色に、代わりばえのしない顔。
行き止まりの町へ泰成を招待した侯爵夫人と、その夫。彼らの雇った二人の運転手。泰成自身と、泰成の従者。
二台の車に別れた時、侯爵夫人は当然のような顔をして、泰成の従者と自分の夫を、片方の車に乗せたのだ。
首都から町までの道のりは、車でも二日、馬車なら一週間。
本当は馬車にしたかったのだと言う、侯爵夫人のきつい香水の匂いに、吐きそうになっていた泰成は半日足らずで後悔を始めていた。
このまま引き返したいと、もちろん言ってはみたのだけど。
侯爵夫人は狭い車の中で、髪を振り乱して暴れ、泰成をどこへも行かせないと、狂ったように叫び続けていた。
早々に彼女の夫と、車を代わってもらったのは言うまでもない。
侯爵夫妻の館は町の西側にあるのだが、結局逃げ切れずにこの町へ来た泰成は、彼らの招きを辞してホテルを確保した。
そのホテルが侯爵夫妻の言いなりだということはわかっていたが、この町には安宿か、このホテルしかないのだ。選択の余地などなかった。
ホテルといわず、町の人々は誰も彼も侯爵夫妻の言いなりだった。なぜなら彼らに絶大な影響力を持つ侯爵夫妻は、この地の領主なのだから。
かつてこの国では、戦歴のあった者や王族の者に、国土を領地として分け与え国全体を統治していた。その伝統は今も受け継がれ、領主である貴族たちは、一年のほとんどを自分たちの領土で暮らしている。
首都にはタウンハウスと呼ばれる別荘を置き、定期的に行き来しているのだ。
その話を聞いたとき、泰成の若い従者は少し首を傾げて「参勤交代みたいですね」と呟いていた。
タウンハウスに対して、領土にある屋敷の方を、マナーハウスと呼ぶ。
マナーハウスには古い建物が多く、たいていは広い庭を有していて、泰成も何邸かのマナーハウスを見たことがあるが、それらは屋敷というより城といった風情のものが多い。
しかしこの町にあるマナーハウスは、少し趣が違っていた。
町に着いてすぐ、侯爵に案内され彼らの住むマナーハウスを見たとき、何でも面白がる泰成でさえ小声で呟いたくらいだ。
――泊まれるか、こんなとこ。
従者にいたっては、絶対に何か出ると怖がって、中に入りたがらなかった。
侯爵の、領主館。
特徴的なのは何より、背後にそびえる背の高い岩山。屋敷の背景としてはあまりに似つかわしくない、断崖の情景。
圧迫感のある険しい山肌は、昼なお暗くそのマナーハウスを見つめていた。
泰成はようやく心を落ち着け、ゆっくりとした歩調で、町の北側へ向かって歩き出した。
小娘の意味不明な戯言に、苛々しても始まらない。
十字路の北側には、何軒かのパブがある。大した酒があるわけではないが、もう今夜は誰であろうと、女の顔を見たくない気分だった。
十字路を挟んで、港のある南側の店は船乗りたちを目当て営業しているだけに、女の出入りが激しいが、北側の店は地元の男たちが客のほとんどで。彼らの女房の顔さえ見かけない。
泰成は一軒の店の前に立ち、ふと何かに呼ばれたような気がして、その先、町の北の行き止まりへ目を遣った。
北の端には古い教会があるだけだ。
その教会はすでに町の中心に出来た新しい建物に役目を移し、今は後ろの険しい山肌に古い墓地を抱えて、ひっそりと闇へ溶けている。
東が地平線の彼方に消える街道。
北が廃墟となった教会。
西が断崖を背にしたマナーハウス。
南が港。
それがこの町の全てだ。
港町といえば普通、もっと活気のあるものだが。いかんせんこの港は便利が悪く、立ち寄る船もたかが知れていた。
南側を占める広い港には、大きな倉庫街もあり、大海を航行するような船も寄港するが、けしてこの港は名の通ったところではない。
なにしろ、客船の利用がないのだから。