背もたれの端に自分の背を預け、行儀悪く足を片足を上げて、泰成は本格的に惺の身体を抱きこんでしまう。
片手を懐へ忍ばせたまま、ばさりと乱暴に、浴衣の裾をはだけさせた。
「きれいな足だ」
「泰成」
「…やっと私の名を呼んだな、惺…」
首筋に唇を押し付け、指先で胸の突起を弄りながら、ゆっくりと足を撫で上げた。
「目を覚まそうとしないあんたを前に、浴衣を着せてしまうのが惜しかったよ…傷ひとつない綺麗な身体に、星型の痣が魅惑的だった」
耳元で囁くと、惺は急に身体を起こして立ち上がった。
その一瞬、彼の身体が震えたのを、泰成は見逃さなかった。
「?…惺?」
「気が済んだか?」
昨日の夜と同じくらい、固い声。
「…え?」
「僕の身体に傷がないことを、確かめたんだろう?満足したか?…なら私はこの辺で失礼する」
唐突に態度を硬化させた惺に驚いて、泰成はしばし唖然としていた。
「ちょ、待てよ」
「服は?」
「おい」
「処分したのか?まあ、それでもいいだろう。ならこの浴衣を借りていく」
「待てって、惺!」
「後日誰かに届けさせる、それでいいだろう?」
「おいおい…ったく、待てって!」
本気でそのまま出て行こうとする惺の腕を掴み、泰成は細い身体を抱きしめた。
「なに言ってんだ、こんな格好で出て行けるはずがないだろうが?」
まだ昼日中だというのに。この閉鎖的な町を、異国の衣装で歩くなんて、どれだけ警戒されるかわかったものじゃない。
しかし惺は、気にする素振りも見せなかった。
「お前には関係のないことだ、手を離しなさい」
しかし惺は、頑な拒絶のわりに、泰成を振りほどこうとはしない。
中途半端な惺の抵抗に、泰成は舌打ちをすると、その身体を強い力でベッドへ押し倒した。
「なあ…何だ?私は何かあんたの気に触るようなことを言ったか?」
「最初からお前は何一つ、私の気に入るようなことなどしていない」
「違うだろう、惺。あんたずっと、受け入れる気も、拒絶する気もなかったじゃないか。面倒そうな顔で、私のしたようにさせていた。それがどうして急に、中途半端な抵抗をする?」
暴れるでもないくせに、瞳を冷たく凍らせて。いっそ泰成が、暴力で捻じ伏せようとすればいいとでも言うみたいに。
組み敷いた惺の肩から、サイズの合っていない浴衣が滑り落ちた。
露になった綺麗な肌に唇を寄せ、強く吸い付いた泰成は、一瞬赤く色づいてすうっと消える、その様を見つめる。
昨日の夜も、こんな風だったのだ。
悪戯心で跡を残してやろうとしたとき。
「何を抱えてるんだ。どうして一人きり、廃墟に住み着いたりしている?」
「………」
「言ってやろうか?あんた、この町を出て行きたいのに行けないんだ」
封鎖された行き止まりの町。
泰成の憶測は当たっていたのだろう。すうっと惺の目が鋭くなる。
「何を…」
「あんたが殺人鬼だなんて思っちゃいないさ。そんなことをするほど、この町に関わる気なんかないだろ。…しかし身元を明らかにすることも出来ない、違うか?」
昨夜、警官から執拗に撃たれていた惺。
最初は泰成も、惺がいまこの町を恐怖に陥れている殺人鬼なのかと思った。しかしそれでは、辻褄が合わない。
この冷然とした瞳。
誰かを切り刻むような、狂った情欲にはあまりに相応しくない。この人はそんな愚かな真似をして、誰かに関わろうとなんかしない。
秀彬に声を上げたときも、秀彬を庇うような発言をしたときも、彼は後悔するような表情を見せたではないか。
泰成は間近に惺を見つめたまま少し思案して、そうして思いついたことに微笑みを浮かべた。
「なあ惺…私が守ってやるよ」
この町に日本人は、三人しかいない。
泰成と、秀彬と、惺と。
正体の見えない恐怖に支配され、領主夫人の勝手な思惑で封鎖された今、惺を救えるのは自分だけだということに気付いて、泰成の瞳が自信の色を浮かべた。
その高慢さに、惺はいっそう冷たい顔をしたけど。
「…何を言ってる」
「ここにいればいい。何も悪いようになんかならない。…私のものになれ、惺。あんたの望むことは、全て私が叶えてやる」
それだけの力が、自分にはあるのだと。
揺るぎのない自信を持って微笑む泰成の下で、惺は何度かまばたきをした。
……そうして、笑い出したのだ。
「っ…あははは!お前、はは…本気で言っているのか?!」
「惺?」
「僕を守る?何を根拠に?!」
はじめて泰成の手を振り払った惺は、それでも逃げ出そうとはしなかった。
ただ、泰成の下で。身を捩って笑っている。
何がそんなに可笑しいのか、訳がわからずに困惑している泰成の見つめる先でひとしきり笑った惺は、いきなり笑いを収めると、半身を起して泰成を睨みつけた。