どれくらいの時間が経っただろう?窓の外が、暗くなっている。
泰成は肩を落として、ベッドの端に腰掛けていた。
ふうっと何かが焦げる匂いがして、部屋がほんのりと明るくなった。
燭大の蝋燭に火をつけた惺は、うな垂れる青年の後姿を、静かに見つめている。
泰成は貪るように、惺の身体を抱いていた。何一つ抵抗しない惺の身体を、何度も何度も貫いて。
懸命に名前を呼ぶ姿は、悲鳴を上げているようにさえ見えた。
――少々、荒療治だったか?
落ち込む泰成の姿に、かける言葉が見つからない。
自分でも「慣れている」「遊んでいる」と言う通り、泰成の手管は年の割りに手馴れたものだった。快楽に身をゆだね、声を上げていた惺の姿は、偽りじゃなかったけど。
どんな風にされたって、それ以上ではないだけだ。
心を求めて叫ぶ泰成の声は、惺の中へ入ってこなかった。それはたぶん、誰より泰成が感じただろう。
最後、惺の身体を抱きしめて泣いていたのは、さすがに可哀相で。もし欲しがっているのが同情なら、与えてやれたかもしれない。
「…惺」
掠れた声で名前を呼ばれ、惺は泰成の元へ近づくと、その頭に手を置いた。
「なんだ」
「この町を、出たいのか?」
脈絡のない問いかけ。
「…ああ」
「わかった」
惺の手を押しやり、すっと立ち上がった泰成。そのままチェストに向かい、引っ張り出した服を身に着け始める。
「私がなんとかする」
「泰成?」
「領主の封鎖は、私を逃がさないためのものだ。あなたを一人を解放することなら出来るだろう…掛け合ってくる」
一度も惺の顔を見ようとしない。
この子は本当に、今まで求める何かを手に入れられなかったことなど、一度もなかったのだろう。もしかしたら、がむしゃらに何かを欲しがったことさえなかったのかもしれない。
生まれて初めて、どうしようもない事態に直面したのだ。
皮肉げに笑うことも、余裕を浮かべて受け流すことも出来ない事態に。
それでもこうして、次の行動へ移ることが出来る泰成は、自分が思っている以上に強い意志と行動力を持ち合わせている。
きっとこの子は大物になるだろうと確信して、惺は長めの前髪をかき上げた。
「待ちなさい」
今にも惺の前から逃げ出し、部屋を出て行きそうな泰成を呼び止めた。
「人の邸宅を尋ねる時間ではないだろう?明日まで…」
「構わない。私の訪問なら、どんな深夜でも受け入れる」
「泰成」
「…じっとしていたくないんだ」
力なく首を振る泰成の腕を掴み、惺は無理矢理、彼の顔を覗きこんだ。
「少し落ち着け」
「………」
軽く頬を叩いてやると、泰成は戸惑うような色を浮かべて惺を見つめる。
「他にもやることがあるだろう?」
「惺…」
「お前に仕える少年は、泣いてここを出て行ったままじゃないか?…彼に会ってきなさい」
惺の言葉で、やっと秀彬の存在を思い出したかのように。長い息を吐き出した泰成は、締めようとしていたタイをベッドの方へ放り出した。
「…行ってくる」
「ああ」
送りだした惺は、力を抜いてベッドに腰を下ろした。
――これだから子供は……。
今朝まで自信満々で笑っていたくせに、もう死にそうな顔で落ち込むのだから。始末に終えない。
その上、底なしの体力で惺を翻弄する。
傷も疲れも残らない身の上だから良かったものの、昼前から今まで、一体いつまで人の身体を離さないつもりなのか。
しかも慰めてやらなければ、一人で立ち上がることも出来ないなんて。
――タチが悪い!
置いてあったワインの栓を勝手に抜いた惺は、それをグラスに傾けて呷った。
本当に。
今の今まで、飲まず食わずでベッドに拘束されていたのだ。
生まれてはじめての挫折を味合わせた自分が、その後のケアまでしてやっているなんて、こんなおかしな話があるだろうか?普段の惺なら、とっとと放り出して逃げ出していたことだろう。
でも、なんだか。
「…まあ、長かったから、な」
自覚している。
もう随分と長い間、誰とも接触を持たなかった。事務的なこと意外で言葉を交わした覚えもない。
行き場を失った町で、記憶が薄れそうなくらい懐かしい日本語を聞いたのだ。
泰成が「名前は人に呼んでもらうためのものだろう」と言ったとき、不覚にも驚くくらい心が揺れた。
同じ日本人の、懐かしいイントネーション。
つい離れがたかった自分は、いつまでも甘さがなくならない。
孤独に慣れるのは簡単なことだ。少なくとも、惺にとっては。
誰にも会わずにいて、寂しいとか辛いと思ったことはない。とくに弟たちと離れてからは、誰も代わりにならないことが、いっそ一人きりで苦しむことが、惺を支えてくれた。
誰かに自分を、罰して欲しくて。