ただ静かに滅びを待つ、灰色の空間。
闇の中に浮かぶ世界はあまりに静かで、さすがの泰成でも嫌な事ばかり考えてしまう。
もう言い訳をしても仕方ない。
どうしてもここに、これ以上彼を置いておきたくないのだ。
理由なんか知らない。考えてもわからない。こんな、覚えのない感覚。
月明かりでも、人口の明かりでもいいから、彼を光の中へ連れ出したい。
「あんたが今夜はしたくないと言うなら、抱きしめるだけで眠っても構わない。だがここはダメだ」
「ダメってお前な」
「こんな寂れた所に、あんたを一人残して立ち去るなんて、我慢できない」
「泰成…」
「理由なんかどうでもいい。私の勝手だ。ここに留まっていたいなら諦めてくれ。私は貴方を連れて行く」
きっぱり言い切って、泰成は細い腕を掴んだまま、歩き出してしまう。
男は泰成に引きずられながら、意外そうに意思の強い顔を見上げて。仕方なく後ろをついて歩き出した。
実際、不思議な男だと思う。
泰成は黙って隣を歩く、目が醒めるような美貌の男を見つめていた。
興味を引かれたのは確かだ。
もう最近では聞かなくなっているが、なによりあの、出会った夜。銃で撃たれても平然と立ち上がった、彼の姿。
空想小説には、興味も知識もない泰成だが、やはりそういうことなのだろうか。
撃たれた傷が塞がった、と。たとえ信じられなくても、そう考えるのが一番自然なんだろう。
不老不死とか吸血鬼とか、そういう馴染みのない言葉が泰成の脳裏を行き過ぎる。
こんな興味深い事態に遭遇するなら、下らないなんて言わずに、一冊くらいその手の本も読んでおけば良かった。
しかし何より、泰成にとって不思議なのは、自分自身のことだ。
彼はときどき、泰成のことを「坊や」と呼ぶ。
大人びて見える泰成だが、まだ十九になったばかり。不思議な雰囲気のこの男は、年齢不詳だがやはり年上に見えるし、泰成を年下扱いするのも、おかしな呼び方ではない。
……でも。
なにかもっと、高い位置から泰成を見下ろしている気する。
容易に押さえつけることが出来る、細い身体だというのに、泰成はたまに彼から、抗えないくらい大きな力を感じていた。
それがあまり癪に障らない、というのが泰成にとって不思議で仕方ないのだ。