「…セイ、だ」
「セイ?」
微かな声を確かに受け取って、泰成はゆっくり歩き出す。
「セイ…どんな字を使って、セイと名付けられたんだ?」
「………」
「…セイ?」
再び、横に並んで。
セイの綺麗な顔を覗き込んだ泰成は、形のいい震える唇が、言葉を紡ぎだすのを待っていた。
「星の…」
「うん?」
「…星の、心と書いて…セイ、と」
泰成の傍を離れ、何かを振り切るように歩き出した、華奢な後姿。僅かに首を傾げていた泰成は、ふと気付いて微笑んだ。
「惺、ね」
ようやく聞けた。彼の名前。
泰成は大股に惺を追いかけて、彼の手を取り口づける。
「惺?」
「…気安く呼ぶな」
「何を言ってる。呼ぶために教えてもらったんだぞ?呼ばなくてどうする」
嬉しそうな泰成の表情を目に止め、惺は後悔している顔で溜め息を吐いた。
嫌そうな顔は、昨日まで散々見せつけられたもの。今夜は意外な表情ばかり見ていたことを思い出しながら、泰成は手を繋いだまま歩き出す。
「おい、手を離せ」
このまま歩いていけば、市街地へ入ってしまう。殺人鬼の横行する今は人通りも少なくなっているが、だからといって、誰もいないわけじゃない。
警邏の警官にでも見つかったら面倒だ。
嫌がる惺の手を握ったまま、やけに楽しそうな泰成は「じゃあ」と呟いた。
「もう少し、聞いてもいいか?」
「いい加減にしろ」
「手を離してやるから、それくらい構わないだろう?どうせあんたは、答えたくない問いかけには、答えないだろうし」
「お前…」
「な、惺?」
くすくす笑っている顔は、何がそんなに楽しいのかまるで子供だ。
「どこまでガキなんだ、お前は」
「坊やなんだろ?」
「…わかった。聞いてやるから、手を離しなさい」
初めて会った夜は噛み付いてきのに、もう振り切れてしまったのか、子供扱いしても平然としている泰成。
何を言っても無駄だと思ったんだろう。惺は嫌そうな表情を崩さず頷いた。
了承を貰った泰成は、おとなしく手を離す。
疑問に思っていることは数々あるが、彼の身体や撃たれた夜のことを聞いて、惺が素直に答えるとは思えない。せっかく穏やかな時が流れているのに、それは少し勿体無いような気がする。
泰成は惺と並んで歩きながら、彼を見下ろした。
昨日と何も変わらないように見える顔。
とくに顔色が違うわけでも、目が落ち窪んだり、頬がこけているわけでもないのだが、どことなく雰囲気が違う。前を見つめる視線の高さや、表情の動きだろうか。