【この空の下にB】 P:07


 惺の表情を総合的に見るなら、疲れている、というのが一番相応しいように思うのだが。さっき、自分の弱さを認めようとしなかった惺を思い出して、泰成は「疲れているのか?」という言葉を飲み込んだ。

「そうだな…今日は、どうしたんだ?」
「何が」
「逃げようとしないじゃないか」
「逃げて欲しいのか?」
「そうは言ってないだろ。あんたがそうして、おとなしくしているのは、どうしてなんだろうと思ってな」

 尋ねる泰成を、そんなことかと少し拍子抜けした顔で、惺が見上げていた。
 言い逃れる方法を模索していたのだと察して、泰成はにやりと笑う。

「答えてもらえない問いかけをするほど、愚かじゃないさ。だから、答えてくれそうなことを聞いてるんだ」
「………」
「それで?これも答えたくないこと、だったか?」

 我が侭放題の御曹司にしては、ありえないくらいの譲歩なのだ。
 もう今夜、何度目かわからない溜め息を吐いて、惺は「そうだな」と呟いた。

「身体がどうこうと言うわけじゃないが、少し疲れているのかもしれないな」

 ぼんやりと空を見上げる表情。綺麗な横顔を見つめ、泰成は彼が自分で疲れを認めたことに、少しほっとした。

「何があったんだ?」
「別に…大したことじゃない。この街へ来た理由を、見失いかけているだけだ」

 本当に、疲れきった声だった。
 泰成は思わぬ成果に、ふっと口元を綻ばせる。
 惺がこの街にいる理由。泰成のことを鬱陶しがりながらも、この街から出て行かない理由は、どうせ答えてもらえないだろうと、聞くのをやめた質問のひとつ。

「惺は何をしに、この街へ?」

 誘われたように泰成が尋ねると、彼は少し躊躇い、先に「お前は?」と聞き返してきた。
 ちらりと惺の顔を見て、泰成は口元を少し吊り上げる。この街に来てから何度もされた質問。
 きっと惺も、泰成に旅の目的を聞いた他の人々と同じように、嫌そうな顔をするのだろうな、と思って。
 泰成は身体の前で指を組むと、それを天に向かってぐいっと伸ばす。解いた手をコートに突っ込み、足取り軽く惺の前へ出て、後ろ向きに歩き出した。

「私は首都に仮住まいの居を構えているんだが、この街で陰惨な連続殺人が起こっていると聞いて、出向いてきたんだ」
「わざわざ、か?」
「そうだ。動機もはっきりしない、血塗られた連続殺人なんて、興味深いと思わないか?本を読むより面白いだろ」

 本当に面白がっている表情で、口の端を吊り上げる。
 じいっと惺の顔を覗き込んでいると、彼は予想通り泰成の答えを聞いて、眉を顰めた。

「…悪趣味な」
「言うと思った」