おおよそ執事とは程遠い言葉で命じられ、メイドが頭を下げて離れていく。
執事は音もなく暖炉の方へ近づき、冷たい表情のまま、かけられていた猟銃を取り上げた。
「あの方はお優しい方だ」
「…………」
「少々、頼りなくもあるがね。…さて」
老いた手が弾を込め、ゆっくり銃口を上げる。
「わかっているとは思うが、君をこの屋敷から出すことは出来ん」
「随分と、今更な言葉だな」
「おとなしく奥様の慰み物にでもなっておれば良かったのだよ。しかしまあ、旦那様がまだ君を客人だと言うなら、気安く殺してしまうわけにもゆくまい」
慌しく現れた牢番は、自分を昏倒させた泰成を覚えていたのだろう。銃を向けられた姿を見て、嫌な笑いを浮かべた。
「非常に残念だが、君のための客室は用意出来んよ」
傍らの男が泰成の腕を掴む。それを振り払うと、執事の構える銃口は泰成の眉間を捕らえたけど。
「私に触るな、抵抗するつもりはない」
腕を掴もうとした男ではなく、銃を向ける執事を鋭く睨みつける。老人は泰成をじっと見つめ、二人の男を下がらせた。
「歩きなさい」
私に命じるな、と言いたいところだが、そうもいかないだろう。
怯える秀彬の肩を引き寄せ、おどけるように呆れた顔に笑みを浮かべた泰成は、導きに従い歩き出す。
庭に下りたところで、出てきたばかりの牢を目にした秀彬は、泣きそうな顔で泰成を見上げた。
「…泰成様…」
「まったく。こう躾のなってない召使が多くては、侯爵も苦労が多くて大変だな」
日本語で話しかけるのに、何を話しているのかと前を行く男が不審そうに振り返る。鬱陶しげに手を振って、とっとと前を向けと示しながら、泰成は秀彬の手からコートを受け取った。
「笠原家は随分と恵まれているわけだ。お前の祖父も父も、これとは比べ物にならんよ。…いや、帰ってこの顛末を話したら、比べるなといって怒るかもしれんな」
後ろで銃を構える執事を指し、おどけて言うと、ほんの少し秀彬の顔に血の気が戻ってきた。
淡い色の髪を、優しく撫でてやる。
「ま、今度は一人じゃない分、少しはマシだろう?」
「…はい」
「なんとかなるさ」
何の根拠もないけれど。
気軽に言ってのける泰成を見上げ、秀彬は泣きそうな顔で微笑んだ。