【この空の下にC】 P:06


「で、でも泰成様は人の上に立つ方ですから、構わないと思います。それに…さっきも僕を庇って下さいましたし、助けに来て下さいましたし…あの…」
 しどろもどろになりながら、惺を見上げ一生懸命に泰成を擁護する。秀彬にとって泰成は、唯一絶対の存在なのだ。
「…僕は、平気です…」
「君ね」
 溜め息をつく惺の腕を、小さな手がぎゅうっと握り締めていた。
「だって、僕は小さい時から、ずっと泰成様を見てきました。だからこの方が自分のお仕えする方で、幸せなんです」
「秀彬?」
 自分の言葉にほわりと頬を染め、照れて俯いてしまう少年は、初めて自分の思いを口にする。
 我がままで自分勝手な主。
 振り回されて泣いたことも、一度や二度じゃないけど。それでも少年にとって、泰成は絶対的な憧れなのだ。
 ……生まれたときから、ずっと。

「この国へ同行するよう命じられて、本当に嬉しかったんです。僕なんかではまだまだ、お役に立てなくて…今度も、ご迷惑をお掛けしてしまったけど…」
 秀彬の言葉に耳を傾けていた惺は、じろりと牢の中の男を見る。鉄格子を掴んだ青年は、まるで聞いた事のない言葉でも聞いたように、焦りを滲ませていて。
 ばちっと惺の視線にぶつかった途端、居心地悪そうに頭を掻いた。
 惺はにやりと、意地の悪い笑みを浮かべる。
「ここまで言われて、黙っている気か?」
「あ〜…いや、その」
「男気が足りないにも程があるぞ、泰成」
「……。ったく……その、秀彬」
 名を呼ばれて顔を上げた秀彬は、自分の言ったことを反芻してしまったのだろう。途端にかあっと、真っ赤になった。
 なんという言葉の足りない、不器用な、似た者主従だろう。
「だから、なんというか…」
「泰成」
「わ、わかっている」
 頭を掻き、天井を見上げ、はあっと息を吐いて。幼い従者から視線を逸らせる泰成は、腕を組んだ。
「…悪かった」
 ぼそっと呟く、聞き取れないくらいに小さい、反省の言葉。
「泰成様…」
「往生際が悪いよ」
「だから、わかっていると言ってるだろうが。…勝手な言い分でお前を叩いたりして、悪かったよ。横暴だった」
 そこまで言うと、驚いて目を見開いている秀彬を見て、泰成は苦笑いを浮かべる。
「どうしてお前が、そんな泣きそうな顔をするんだ」
「だって…っ」
「あ〜…だから、これからは気をつける。理不尽なことを言って、悪かったな」
 泰成の言葉を聞き、くすっと笑った惺はゆっくり扉を開いてやった。照れくさそうな表情で出てきた泰成は、飛びついてきた秀彬の背中をさすってやりながら、惺に手を伸ばす。
「なんだ?」
 首を傾げる惺を少しだけ引き寄せ、細い顎に指をかけて上を向かせると、不本意そうな顔はするものの、抵抗はされなかったので。目隠しをするように秀彬の頭を自分の胸に押し付けたまま、ちゅっと唇を触れ合わせた。
「…本当に反省したのか、お前は」
 むすっと睨みはするけれど、惺はそれでも少し安心したように、頬を緩めている。
 場所にそぐわぬ、和やかさを分かち合っていた日本人たちは、いきなりそれを打ち破る咆哮を聞いて顔を見合わせた。

 哀れにも精神の限界を超えてしまったらしい警官は、堅牢な拘束具で繋がれ、傍にいるパブの店主も、うな垂れて動かない。
「…和んでいる場合じゃなかったな」
「ここから出る方法までは、提供してやれないぞ」
「そういえば話を戻すようだが、惺はどうしてここに?」
「飛び出していったお前の行き先が、この領主館だと思ったんだよ。姿が見えないので探してみれば、こんなところにお誂え向きの牢屋だ。…こういう構造の屋敷には、馴染みがあるんでね」
 何か嫌なことでも思い出したのか、苦々しく話す惺は、泰成と秀彬を救い出してくれた鍵束を見せ、指先でくるくると弄んでいた。
「予備の鍵の置き場など、相場が知れている。あとは派手な行動のお前と違って、地味に探りを入れただけだ」
 肩を竦める惺に手を差し出し、鍵を受け取った泰成は、秀彬の身体を預けて牢の奥へ向かった。
 惺の点けてくれたランプの明かりを頼りに、親子の閉じ込められている牢を、確かめる。
「出口は一箇所か?」
「牢の出口がそう何箇所もあったら、牢として役に立たないだろうが」
「惺はどうやって?」
「番人が執事に呼ばれてる隙に先回りだ。どうせ連れて来られると思ったからな」
「なるほどね…これだけ暗ければ、隠れるのに苦労はしないか」
 一番奥。
 意味を成さない声を上げる息子の傍で、店主が打ちひしがれている。
 息子の叫びは、惺を見たせいだろう。彼にとって、二度殺したはずの人間だ。
 少し思案して、泰成はその牢の鍵を探し、開けた。
「泰成」
 緊張した声で名を呼ぶ惺を振り返らず、泰成は「大丈夫だ」と応じる。
「…もう、暴れる気力もないだろう?」