がしゃん、と大きな音に驚いた泰成は、店主の身体を抱き起こしたまま、驚いて動けなくなってしまう。
「シルヴィアをどうした」
「なに、を…」
「お前の妻をどうしたのかと聞いている!スミスはどこへ行ったんだ!!」
追求する惺の勢いに、侯爵は唇を震わせて首を振った。
埒が明かないと侯爵の身体を投げ出した惺は、床に倒れた男を睨みつけている。
彼が見た目を裏切る、激しい気性の持ち主だということは、何度か見せられてきた泰成だけど。こんな風に初めて会った男を糾弾するとは思わなかった。
「惺、どうした?」
「店主あなたは知っているはずだな?女性を海に捧げるとき、どこへ連れて行くか」
惺のその問いかけに、泰成も事態を理解した。侯爵が言う全てが終わったというのは、シルヴィアが人柱に立てられいなくなったということだ。
店主は躊躇う表情で顔を上げたが、答えたのは彼でも侯爵でもない。
「…東の、断崖だ」
暗い声はジェフリーのもの。
もう何もわからなくなっているのかと思われていた彼は、泣きながら惺を見つめていた。
「この館の裏に、洞窟がある…それを抜けたところに祭壇があるんだ…」
「ジェフリー…」
呆然として息子の名を呼ぶ店主は、唇を引き結んで、力強く立ち上がった。
「私が案内しよう。土地の者でなくてはわかるまい」
「待ってくれ、もう間に合わないっ」
首を振って訴える侯爵の胸倉を掴みなおし、惺は彼を引きずって牢の外へ連れ出した。
明るさを増していく陽光と、柔らかい芝生の上に投げ出され、彼は惺を見上げていた。
「わかるか。この世界は、暗い海だけで構成されているわけじゃない」
「あ…あ」
「誰も等しく、自然の大きな力に怯え、しかしその恵みを受けて生きるんだ。人の力などで、その理は変わらない。誰かを犠牲にして捻じ曲げようとしても、大きな時の流れに飲み込まれ、全ては元へ戻る」
追いかけてきた泰成は、確かな言葉で侯爵を諭す惺の表情に、悔恨のようなものを見ていた。彼はまるで、懺悔でもするように苦しげな表情で侯爵に対していた。
「雄大な海にたった一人が命を落として、何が変わる?お前はもう気付いているんだろう?…いつまで泣いているつもりだ。自分の足で立ちなさい!可哀相だと、愛していると囁くだけでは、何も変わらない!」
痛いような叫びに晒され、侯爵はぎゅっと身体を竦めてしまう。頭を抱えて動かなくなった男に背を向けた惺は、店主に向かい「行きましょう」と頷いた。