【この空の下にD】 P:05


 恐怖に慄く、男たちの顔。
 泰成を撃たなければならないことも忘れ、何度も何度も惺を撃つ男は、ついに銃弾を切らせて悲鳴を上げた。惺は撃たれた衝撃に身を屈めるものの、けして倒れない。
「ば、化け物ッッ!」
 スミスの傍らにいた男も、飛び出してきて惺を撃つが、結局は同じ末路を辿って悲鳴を上げた。逃げ出す彼らに気を取られながらも、真っ青のスミスは立ち竦んでいる。
 驚愕に崩れるシルヴィアをその場に残して、泰成は背中から惺を抱きしめた。
 見下ろすと、傷は勝手に銃弾を排出してゆっくりと塞がっていく。
「ついでに服も直れば、便利なのにな?」
 平然と言う泰成を驚いた顔で見上げ、惺は苦笑いを浮かべた。
「他に言うことはないのか?」
「うん?」
「おぞましいだろうが…お前も彼らのように、化け物と叫ばないのか?」
 自嘲するような言葉に顔を顰め、しかし泰成は明るい表情を見せる。
「自分たちの安全の為に、か弱い女性を犠牲にする輩に使う言葉だろう?それは。しかしまあ…そうだな」
 じっと惺の身体を見ていた泰成は、その綺麗な顔に血が跳ねているのを見て指先で拭い、惺のこめかみの辺りに口付ける。
「痛みは?」
「大したことはない」
「それは良かった。…助けてくれてありがとう、惺」
 囁きに、惺の方が目を丸くしている。
 今までそんな風に言う人間が、いなかったのかもしれない。驚かせたことに喜んで、にやりと笑う泰成の頬を、惺がきゅっと抓った。
「痛っ!」
「お前はちょっと、感覚がオカシイぞ。御曹司」
 思えば最初から、泰成は惺に対して興味を持ちはしていたが、拒絶するようなところがない。惺の苦言にも、面白がっているのだ。
「ん〜…育ちが違うからか?」
「言ってろ、馬鹿」
 こんな状況で泰成の軽口に付き合えるなら、惺も大概なのだけど。
 しかし二人は、新しい銃声にはっと顔を上げた。

「っ!…あなた」
 シルヴィアが叫んで、駆け出した。
 血を流して倒れているスミスと、それを見つめる青い顔。侯爵は自分の撃った銃とスミスを交互に見つめていた。
「あなた…あなたっ」
 しがみつき、身体を揺すぶるシルヴィアの存在に、ようやくまばたきをして。侯爵は銃をその場に落とし、強く夫人を抱きしめる。
 惺と泰成は顔を見合わせ、ゆっくりと二人に近寄って行った。
「…覚悟を決めたようだな」
 答えを出した侯爵に、惺が尋ねた。頷く侯爵は、シルヴィアを抱きしめたまま、スミスの遺体を見ている。
「彼をこんな風にしたのは、我々だ…」
 重い告白。
 スミスのやり方は間違っていたが、それでもこの執事が町を守ろうとしていたことだけは、間違いないのだから。
 陰鬱な侯爵の言葉に、泰成が首を振る。
 同じ状況に置かれたとして、自分が秀彬にこんな愚行を架すかと聞かれたら、泰成は絶対に拒絶しただろう。
 しかしそれが許されるかどうかは、わからない。
 人々は泰成を廃してでも、古い因習に固執したかもしれない。町の女たちは皆「自分を連れて行って欲しい」と願っていたが、それは根本的にこの風習を受け入れているからこそのものだ。
「ならばそれを止めたのが貴方で、良かったんじゃないか?」
「笠原君…」
「人々の中に根付いた慣習が、そうすぐに変わるとは思えないが…誰かが変えなければならないのも、事実だ。…あなたの一族が始めたことなら、当主である貴方が終わらせればいい」
 海が荒れたら人柱を捧げなければいけないとか。来栖の家に生まれたら笠原家に仕えなければならないとか。
 大切な人を犠牲にしなければならないような慣習なら、気付いた者が正すしかないのだ。
 泰成の言葉に苦く笑い、侯爵は「出来るだろうか」と呟いた。不安げなその手を、シルヴィアが強く握り締める。
「私がいます」
「シルヴィア…」
「貴方を支えます…だから、どうか」
 ようやく夫婦として、お互いに向き合えた侯爵夫妻が、固く抱き合う前で。顔を見合わせて笑った惺と泰成は、泣きそうな声で名前を呼ばれ、幼い従者の下へ向かっていった。