【この空の下に@】 P:05


 自分の意のままにならぬことなど、あるはずがないし、許さない。
 この時代にそんなことを、本気で思っている泰成が、稀有な存在だということだけは事実だ。

 しかしシルヴィアは、泰成に擦り寄る者たちと、全然違う。ここまで金に興味を示さない女は初めて見た。
 目を吊り上げて金を否定するわけでもないし、焦って金をかき集めるでもない。ぼんやりした視線には、金の存在など映ってもいないように見える。
 部屋の隅に置いてある粗末なテーブルにカードを広げたシルヴィアは、泰成の疑問に気付く様子もなく、変わらぬ気だるい様子でふうっと息を吐いた。
 その手がゆっくりと止まり、つまらなそうに顔を上げる。

「95番街ね」

 しばらくしてシルヴィアの口から出た言葉。意味がわからず、泰成は眉を寄せた。

「そこが、何だ?」
「貴方の運命が待っているわ」
「運命?95番街?…お前は何が言いたいんだ。そこで事件が起こるのか?」
「明日の夜、95番街。貴方の運命がそこで待っている…カードが教えてくれるのは、それだけ」
「私は殺人鬼の話をしているんだが?」
「耳は悪くないわよ」
「お前…」

 視線を鋭くする泰成を見上げ、手元のカードに何を見たのかシルヴィアは、にいっと口元を吊り上げた。

「信じないなら、それでいいじゃない。あそこへ這いつくばって、貴方の撒いたお金を拾い集めなさい」
「大きな口を叩くんだな。貴様は立場をわかっていないようだ」
「まさか…。貴方が部屋を出て見張りに声かければ、自分がどうなるか。わかってるわ。貴方がそうしないこともね」
「シルヴィア」
「ふふ…タイセー、だったかしら?貴方必死なのね。何も面白いことがなくて、退屈で死にそうなんでしょう?」

 訳知り顔の女が気に入らず、かっとした泰成は彼女の赤っぽい髪を掴み上げた。

「いい加減にしろよ」
「どうでもいいわ…好きにして?娼婦一人殺したところで、貴方の乾きは癒されないのだから」
「何のつもりだ!」
「別に…思ったことを言っただけ。…明日の夜、95番街。私が教えて上げられるのはそれだけよ。行くも行かないも、貴方の自由でしょ?」

 泰成は彼女の身体を、大きいだけの安っぽいベッドへ叩き付けた。

「運良く殺人鬼に会えたら、貴様を牢へブチ込んでやる」

 彼女の言う通りに殺人が起こるということは、彼女が何かしらその犯人に関わっていると言う証拠なのだから。
 言い捨てて部屋を出る直前、泰成の耳にシルヴィアの重苦しい言葉が聞こえた。

「どうでもいいわ…牢もここも、地獄だってそう変わらないんだから…」