【この空の下に@】 P:06


 
 
 
 
 
 それが、昨日の夜の話だ。
 泰成は不本意ながら今、95番街に立っている。
 シルヴィアの言葉に従うのは癪に障ったが、もし本当に何かが待っているなら行ってみてもいい。どうせ今のところ、他に手がかりもないことだし、と。
 時計を確かめ、もう日付が変わっていることを知って、泰成は寄りかかっていた石造りの塀を離れた。

 あの女……この自分を謀ったこと、必ず後悔させてやる。

 殺人鬼の横行する深夜に、一般人の人影などあるはずもなく。どこの店も夕刻には早仕舞いをしているこの頃だ。苛立ちを紛らわせるために、一杯引っ掛ける場所すらない。
 いっそう不機嫌に歩く泰成は、どうして自分があんな女の戯言に惑わされてしまったのか、わかっていた。

 貴方必死なのね、と言われた時、実は心臓を掴まれたように思った。

 祖国にいた頃からそうだったが、泰成にとって、世界のほとんどが曖昧で面白味のないものだ。
 一切の努力というものをしたことがないのだから、仕方ないのかもしれない。
 何かに対して熱く取り組んだこともないし、懸命に何かを求めたこともない。
 常に面白がっているようだが、泰成の興味を引くものなど、本当はどこにもないのかもしれない。
 だからこそ泰成は、何にでも貪欲に首を突っ込み、自分勝手に飽きては放り出している。

 ―――何も面白いことがなくて、退屈で死にそうなんでしょう?

 シルヴィアの言葉は、確かに的を射ている。
 いつもは目を逸らしていること。わかっているけど、どうしようもないと諦めていることなのだ。
 何も面白くない。
 何をしても、心から楽しいと思えない。
 自分を凌駕する存在がいればいいのに、なんて傲慢なことを、いつも考えていた。
 くだらない、つまらない。
 祖国を離れ異国の地で自分を知らない人々に囲まれたら、少しぐらいマシかと思っていたのに。やっぱり全ては、泰成の手のひらの上でしか回らない。
 女は泰成の気を惹こうと必死だし、男は泰成の懐を探るばかりだし。いっそ眦の切れ上がった殺人鬼に追われでもすれば、面白くなるだろうか?

 ―――とりあえずは、出直しだ。

 偉そうな口を叩いた女の処遇は、また考えればいい。もうそろそろ、殺人鬼探しも飽きてきたところだ。

 ……そうやって結局は、最後まで拘ろうとぜずに、すいっと身を引いてしまう。飽きたなどと言い訳をして、肝心な所に一歩踏み込もうとしない。