それが、昨日の夜の話だ。
泰成は不本意ながら今、95番街に立っている。
シルヴィアの言葉に従うのは癪に障ったが、もし本当に何かが待っているなら行ってみてもいい。どうせ今のところ、他に手がかりもないことだし、と。
時計を確かめ、もう日付が変わっていることを知って、泰成は寄りかかっていた石造りの塀を離れた。
あの女……この自分を謀ったこと、必ず後悔させてやる。
殺人鬼の横行する深夜に、一般人の人影などあるはずもなく。どこの店も夕刻には早仕舞いをしているこの頃だ。苛立ちを紛らわせるために、一杯引っ掛ける場所すらない。
いっそう不機嫌に歩く泰成は、どうして自分があんな女の戯言に惑わされてしまったのか、わかっていた。
貴方必死なのね、と言われた時、実は心臓を掴まれたように思った。
祖国にいた頃からそうだったが、泰成にとって、世界のほとんどが曖昧で面白味のないものだ。
一切の努力というものをしたことがないのだから、仕方ないのかもしれない。
何かに対して熱く取り組んだこともないし、懸命に何かを求めたこともない。
常に面白がっているようだが、泰成の興味を引くものなど、本当はどこにもないのかもしれない。
だからこそ泰成は、何にでも貪欲に首を突っ込み、自分勝手に飽きては放り出している。
―――何も面白いことがなくて、退屈で死にそうなんでしょう?
シルヴィアの言葉は、確かに的を射ている。
いつもは目を逸らしていること。わかっているけど、どうしようもないと諦めていることなのだ。
何も面白くない。
何をしても、心から楽しいと思えない。
自分を凌駕する存在がいればいいのに、なんて傲慢なことを、いつも考えていた。
くだらない、つまらない。
祖国を離れ異国の地で自分を知らない人々に囲まれたら、少しぐらいマシかと思っていたのに。やっぱり全ては、泰成の手のひらの上でしか回らない。
女は泰成の気を惹こうと必死だし、男は泰成の懐を探るばかりだし。いっそ眦の切れ上がった殺人鬼に追われでもすれば、面白くなるだろうか?
―――とりあえずは、出直しだ。
偉そうな口を叩いた女の処遇は、また考えればいい。もうそろそろ、殺人鬼探しも飽きてきたところだ。
……そうやって結局は、最後まで拘ろうとぜずに、すいっと身を引いてしまう。飽きたなどと言い訳をして、肝心な所に一歩踏み込もうとしない。