呆然と男の姿を見つめていた泰成は、振り返った彼と、まともに目を合わせてしまった。
しかし驚いたことに、動揺したのも恐怖の表情を浮かべたのも、泰成ではなく相手の方。
泰成を見た途端、蒼白になった男は、喘ぐように口を開いて身を震わせた。
だが彼は、すぐに冷静さを取り戻すと、眉を寄せて泰成に背を向けてしまう。
泰成は慌てて彼を捕まえた。
「おい、待て」
「離せっ」
互いにこの国の言葉で怒鳴りあったが、彼の顔を覗き込んだ泰成は、僅かに眉を上げた。
「東洋人…もしかして、日本人か?」
とてつもなく綺麗な顔をしていて、華奢な身体をしている男は、深夜の暗がりで見れば国籍不明だけど。間近で確かめると、馴染みの深い黒瞳に黒髪。
日本語を耳にして驚いたのか、男は顔を上げた。その驚愕の表情に満足して、にやりと笑った泰成は、彼の腕を掴み直す。
「私も日本人だよ。あまりそう見えないだろうがね」
「…離しなさい」
抑揚のない声は確かに日本語だ。しかし泰成は彼の言葉にむっとして眉を寄せた。
どんな状況であっても、誰かに命令されるというのが、泰成は何より嫌いなのだ。
「断る。…なあ、あんた。さっき撃たれていたよな?」
「貴様には関係ない。離せ」
「撃たれてるよなあ…そのナリじゃ」
まじまじ見下ろせば、シャツにも穴が開いていて、血がついている。しかしそこから覗く肌には、傷ひとつない。
近づいてくる複数の足音に顔を上げた泰成は、掴んでいる細い腕が、びくんと震えたのに気づいた。
視線を落とし、怯えるように青ざめた顔を見つめる。泰成は考えるよりも早く、着ていたコートを脱いで、頭ひとつ背の低い男にそれをかぶせた。
驚いた男は身を捩るが、泰成には大した力に感じない。
「な…っ何を!」
「おとなしくしていろ。見つかるぞ」
「うるさいっ、とっとと離せ!」
「いいから。…警官に見つかりたくはないんだろう?」
弱味に付け入るようなことを言って、泰成は自分のコートを着せたまま、細い身体を抱き寄せる。
「誰だ!そこで何をしている!」
鋭い警官の声に、抱き寄せた身体がまた震えた。
路地の先に現れた警官たちは、手元の明かりを掲げ、泰成たちの姿を浮かび上がらせた。彼らとて連日の事件と、正体の見えない恐怖に、苛立っているのだろう。
表情を強張らせ、睨むように泰成を見ている。
警官たちから隠すように、腕の中の男をいっそう引き寄せ、泰成は不適に笑った。