【この空の下に@】 P:09


「なんでもないさ。銃声に驚いて震えているから、宥めているだけだ」

 答えながら、コートに包まれた背中を優しく撫でてやる。
 それは警官をやり過ごそうと思った泰成にとって、ただのパフォーマンスでしかなかったのだが……腕の中の彼はそうっと、寄りかかるように身を預けてきた。

 ちょっと、驚いて。
 もちろん演技かもしれないが、それでも押し付けられた重みに、不思議なくらい心が揺れる。

 黙ったまま、抱き寄せている人物をじっと見つめる泰成に焦れ、警官たちの中の一人が前へ出た。

「貴様、何者だ。ここで何を…」

 そう言いかける恰幅のいい警官の袖を、隣にいた別の警官が、眉を寄せてて引っ張った。

「け、警部、こいつ例の日本人ですよ」
「…なに?」

 泰成はこの街で、すでに正体不明の通り魔と並ぶくらいの有名人だ。
 金をばら撒き、自分たちより先に事件の情報を掴もうとする青年。
 どんなコネがあるのか署長と市長に守られ、地方の警察官などでは、一切の手出しが出来ない異国人。
 ひくりと頬を引き攣らせる警官に、泰成は嫌味な笑顔を向けて、華奢な肩を抱いたまま歩き出した。

「私はここに居合わせただけだ。この人は繊細な人でね。大きな音に驚いて怯えてしまっている。…これ以上私の足止めをするなら、職を失う覚悟をするんだな。署長に首を飛ばされるのは嫌だろう?警部」

 それくらいのこと、泰成の金と権力に頭の上がらない署長を動かせば、簡単なことだ。また泰成はそういうことを、平気でやる。
 警官たちは途端に何も言えなくなった。
 この東洋人の要求には、どんなことでも最優先で従え、と。今朝も署長から言われたばかり。
 彼らに出来ることといえば、ひらひら手を振って立ち去る泰成の後ろ姿に、口汚く罵る言葉を投げつけることくらいだった。
 
 
 
 
 
 警官たちから離れると、男は泰成のコートを羽織ったまま、もがくように腕の中から抜け出した。

「なんだ?助けてやったんだろうが」

 拗ねた声で泰成が言うと、男は立ち止まりこちらを振り返った。
 ちょうど街灯の下に立つ彼の、溜め息が出るような美しい姿。
 しなやかな身体の線と、突き刺すような鋭さを秘めて輝く、ストイックな黒い瞳。
 顔かたちの造作が美しいのも確かだが、彼には存在そのものが放つ、圧倒的な美しさがあった。
 珍しくも相手を呆然と見つめてしまった泰成に、男はコートを投げつけてくる。