「僕が頼んだわけじゃない。…触るな、反吐がでる」
不躾に投げられたコートを受け取り、慣れない批判の言葉を聞いて、泰成は顔色を変えた。
「誰のおかげで助かったと思ってるんだ。私のおかげで面倒な追求もされなかったんだろ?」
追われて、撃たれて。
しかもあの時、確かにこの男は、泰成に身を預けていたはずだ。
そうっと……何かまるで、救いでも求めるように。
しかし彼は今、蔑みの色さえ浮かんだ目で、泰成を睨みつけている。
「お前のような人間は、屑以下だ」
「き、さま!誰に向かって…っ!」
かっとして声を荒げる泰成に、男は静かな声で「お前だ」と囁いた。
「僕の目の前にいる、お前だ。肩書きでも後ろ盾でもない。お前自身だ」
すうっと腕が伸び、男の繊細な人差し指が、とんと泰成の胸を突いた。
軽い力だというのに、感じたことのない衝撃を感じて、泰成は呆然と一歩下がってしまう。
「…誰の権威を笠に着ているのか知らないが、お前はそんなものを強さだと思っているのか?自分が助けてやったなどと、偉そうに。お前は他人の力をひけらかしただけで、自分では何もしていないだろうが」
泰成は押された胸に手を当て、厳しい言葉に混乱していた。
似たようなことなら、何度も言われたことがある。しかしそんなことは、金も力も持たない負け犬の遠吠えでしかなくて。今まで耳を貸したことなんかなかったのに。
なのになぜこの男が言うだけで、自分は反論も出来ず黙っているのか。
力も、立場も。自分の方が勝っていると思うのに。
「…あんた、名は?」
「知る必要はない」
泰成の問いかけに不機嫌そうな顔をした男は、踵を返して歩き出した。
「ちょ…待てよ、おい」
「指図するな」
「指図じゃないだろ、今のは」
すたすたと、さっき撃たれたことなど忘れたかのように歩く男を追って、泰成も歩き出した。
なんだろう?この男……
勝気な目をするかと思えば、一瞬のうちに不安げな瞳を揺らせる。
しかしその瞳は、またすぐに全てを拒絶して、冷たく凍ってしまうのだ。
なによりこの美貌。
月明かりと、心もとない街灯の中で、彼の姿は光を放っているようにさえ見える。
泰成ほどの力を持っていれば、すり寄って保護を求めるのは何も、女ばかりじゃなかった。役者や文学青年など、金の匂いに敏感な男たちも、必死に足を開いて泰成を誘ったものだ。