【この空の下にA】 P:08


 埃っぽい階段を、人影が見えた三階まで駆け上がり、泰成は足を止めた。
 注意深く床を見つめながら、その先を歩く。闇の中ではわかりにくいのだが、四階の踊り場に、他より少しだけ強い足跡を見つけた。

「ここで、踵を返したか。毎日毎日、楽しませてくれるな」

 泰成が上階へ目をつけると睨んだ彼はここで立ち止まり、一度四階へ上がってから下へ戻った。ということは……

「さっきの部屋か」

 素早く身を翻し、下から見上げた時に人影を見た部屋を探してみる。
 まるで誰もいないのだと主張しているような、開け放たれた扉。泰成は苦笑いを浮かべた。

「あまり可愛いことをしないでもらいたいね。これ以上、私を煽ってどうするつもりなんだ?」

 言いながら部屋へ入った泰成は、自分の後ろから逃げ出そうとする、彼の腕を掴んでいた。
 後ろを見ようともせずに。

「っ!…離せっ」
「見つけた。あんたの負けだよ」

 そのまま彼の身体を、壁に押し付ける。
 首筋に口付けて、安っぽいコートに包まれた身体に、手を差し入れた。

「っ…ふ、ぁ…っ」
「観念しな?今度はもっと上手く、隠れることだ」

 ここ数日で、抱き慣れた身体だ。
 泰成はかくれんぼの報酬だとでもいうように、彼を探し始めた時から、その姿を見つけた夜は必ずこうして、強引に彼を抱いている。
 最初こそさすがに、物凄い勢いで抵抗されたのだが。美しい姿の彼は、この行為に慣れているようで、すぐ無駄な抵抗をしなくなった。
 抱かせてやれば、納得するんだろう?と言いたげに。

 少し身体の力が抜けた所で、軽い身体を抱き上げる。
 部屋を見回せば、触れるのも躊躇うような廃棄寸前の、埃っぽいベッドが目に入った。マットレスもない、固くて小さなベッドだ。普段の泰成なら近寄ろうともしないはずなのだけど。
 この、しなやかに美しい人を、崩れそうなベッドで抱くなんて。どこか退廃的で、ぞくりとする。

 彼の薄いコートを剥ぎ取って、乱暴にベッドへ広げる。そこへ嫌そうに顔を歪めている男を放り出し、覆いかぶさった。

「…魅惑的だな」

 差し込んでくる月明かり。
 その光は街灯に邪魔される外より、ここにいる方が強く感じられる。
 二人の男が暴れたせいで巻き上がっている埃が、きらきらと月の光を跳ね返していた。灰色の世界の中で、美しい彼の輪郭だけが、淡く浮いているようにさえ見える。