そう……たとえば。彼はときどき、泰成のことを「坊や」と呼ぶ。
泰成は十九という年齢のわりには大人びて見える。それを差し引いても、年齢不詳のこの男は年上に見えるし、泰成を年下扱いすること自体は、おかしな呼び方じゃない。
……でも。
なにかもっと、高い位置から泰成を見下ろしている気がする。
容易に押さえつけることが出来る、細い身体だというのに、泰成はたまに彼から、抗えないくらい大きな力を感じていた。
自分のことを上から見ている存在。覆らない上下関係。
それがあまり癪に障らない、というのが泰成にとって不思議で仕方ない。
撃たれた彼が死ななかった、ということは確かに不思議な現象だが、この自分が彼の偉そうな態度を許していることは、もっと不可思議で、理解出来ない事態だった。
初めて出会ったあの夜。
自分を無視するような淡々とした言い方は気に入らなかったが、しかし彼を自分から突き放したいと思うほどの怒りは沸かなかった。
祖父や父が自分を子ども扱いする時でさえ、泰成は苛つき噛み付いてしまうのに。彼の言葉は自分でも不可解に思うほど、すんなり頭に入ってきた。
あの時、誰に口を聞いているんだ、と血を上らせた泰成に、彼は静かな声で「お前だ」と囁いた。
ほっそりとした指で泰成の胸を指し、まっすぐな瞳で泰成を射抜いた。
――僕の目の前にいる、お前だ。
泰成が他人の、いや笠原(カサハラ)の名を盾にしていると、指摘し嫌味を言う人間は、今までにもたくさんいた。しかしそのたび、泰成は「だからどうした」と、冷たく言い放ってきた。
笠原家の人間だから偉そうな事が言えるんだろうなんて、そんなもの負け犬の遠吠えでしかない。
泰成が笠原家の人間だと言うことは事実であり、揺るがないものだ。
その名の威光が恐ろしくないなら、若造の言うことなど聞かなければいい。お前の言うことなど知ったことではないと、受け流してしまえばいいのに。
泰成は自分が完成されていることを、自負している。
力があるのは、笠原の名前じゃない。その名の使いどころを知っている、泰成自身だ。自分が優秀であり、力を持っていることを、泰成は知っている。
しかしそんな、自分の手にしている力など、少しも彼には通用しない。どんなに男の身体を自由にしたって、勝った気が少しもしなかった。
泰成は我知らず、足元を見つめて溜め息を吐く。