くすくす笑っている顔は、何がそんなに楽しいのかまるで子供だ。
「どこまでガキなんだ、お前は」
「坊やなんだろ?」
「…わかった。とりあえず聞いてやるから手を離しなさい」
初めて会った夜は惺が子供扱いすると噛み付いてきたのに、もう振り切れてしまったのか平然としている泰成。
何を言っても無駄だと思ったんだろう。惺は嫌そうな表情を崩さず頷いた。
了承を貰った泰成は、おとなしく手を離す。
疑問に思っていることは数々あるが、彼の身体や撃たれた夜のことを聞いて、惺が素直に答えるとは思えない。せっかく穏やかな時が流れているのに、それは少し勿体無いような気がする。
泰成は惺と並んで歩きながら、自分より背の低い彼を見下ろした。
昨日と何も変わらないように見える顔。
でもどことなく雰囲気が違う。前を見つめる視線の高さや、表情の動きだろうか。
惺の表情を総合的に見るなら、疲れている、というのが一番相応しいように思うのだが。さっき、自分の弱さを認めようとしなかった惺を思い出して、泰成は「疲れているのか?」という言葉を飲み込んだ。
「そうだな…今日は、どうしたんだ?」
「何が」
「逃げようとしないじゃないか」
「逃げて欲しいのか?」
「そうは言ってないだろ。あんたがそうして、おとなしくしているのは、どうしてなんだろうと思ってな」
尋ねる泰成を、そんなことかと少し拍子抜けした顔で、惺が見上げていた。
何を聞かれるのかと警戒していたんだろう。泰成は惺の考えを察して、にやりと笑った。
「答えてもらえない問いかけをするほど、愚かじゃないさ。だから、答えてくれそうなことを聞いてるんだ」
「………」
「それで?これも答えたくないこと、だったか?」
我が侭放題の御曹司にしては、ありえないくらいの譲歩なのだ。
もう今夜、何度目かわからない溜め息を吐いて、惺は「そうだな」と呟いた。
「身体がどうこうと言うわけじゃないが、少し疲れているのかもしれないな」
ぼんやりと空を見上げる表情。綺麗な横顔を見つめ、泰成は彼が自分で疲れを認めたことに、少しほっとした。
「何があったんだ?」
「別に…大したことじゃない。この街へ来た理由を、見失いかけているだけだ」
本当に、疲れきった声だった。
泰成は思わぬ成果に、ふっと口元を綻ばせる。
惺がこの街にいる理由。泰成のことを鬱陶しがりながらも、この街から出て行かない理由は、どうせ答えてもらえないだろうと、聞くのをやめた質問のひとつ。