【この空の下にB】 P:08


「惺は何をしに、この街へ?」

 誘われたように泰成が尋ねると、彼は少し躊躇い、先に「お前は?」と聞き返してきた。
 ちらりと惺の顔を見て、泰成は口元を少し吊り上げる。この街に来てから何度もされた質問。
 きっと惺も、泰成に旅の目的を聞いた他の人々と同じように、嫌そうな顔をするだろう。
 泰成は身体の前で指を組むと、それを天に向かってぐいっと伸ばす。解いた手をコートへ突っ込み、足取り軽く惺の前に出て、後ろ向きに歩き出した。

「私は首都に仮住まいの居を構えているんだが、この街で陰惨な連続殺人が起こっていると聞いて、出向いてきたんだ」
「わざわざ、か?」
「そうだ。動機もはっきりしない、血塗られた連続殺人なんて、興味深いと思わないか?本を読むより面白いだろ」

 本当に面白がっている表情で、口の端を吊り上げる。
 じいっと惺の顔を覗き込むと、彼は泰成の答えを聞いて、予想通り眉を顰めた。

「…悪趣味な」
「言うと思った」

 はは、と笑いながら惺に背を向け、泰成は星のまばらな空を見上げて歩き出す。

「悪趣味は承知の上だ。だが興味を引かれたら何でもやってみるのが私の信条でね」
「面白半分に首を突っ込んだりして、被害者に申し訳ないとは思わないのか?」
「顔も知らぬ誰かに、か?そんな酔狂な趣味は持ち合わせていないな」
「………」
「なあ、惺。首都で一番読まれているものはなんだと思う?聖書?シェイクスピア?それとも貴族目当ての新聞…ブロードシートか?違うね。この国の首都で一番読まれているのは大衆紙。いわゆる、タブロイドだ。スキャンダルに殺人、毎日飽きもせず同じような記事ばかり。だが人々は夢中になって読んでいる。人とは悪趣味なものなんだよ」
「お前なんかに人の愚かさを説かれるいわれはない。そんなもの…誰より僕が、一番知っている」

 泰成は歩みを止め、惺を振り返った。
 彼は苦虫を噛み潰したような顔で、自分の足元を見つめている。
 視界に立ち止まる泰成の足先が見えたんだろう。ゆっくり上がった顔には、余計なことを言ったと後悔している色がありありと見て取れた。

「泰成…」
「そういう諦観の念は、もう少し悟った顔で語ったほうが良くないか?」
「…煩い。僕の勝手だろ」

 むっとした表情がどこか子供っぽく見えて、泰成は頬を綻ばせる。

「さて…それで?惺はどうしてこの街へ?見失いかけているという目的は何だ?」