【この空の下にB】 P:10


 本当にこの若者を信用してもいいのか。
 しばらく惺は迷っていたようだが、決心がついたのかほんの少し、肩を抱く泰成に身体を預けてきた。

「…名前はエマだと聞いた。わかっているのはそれだけだ」
「エマ…エマね。珍しくもない名前だな」
「先に言っておくが、この街に住むエマと言う女性は、すべて確認したからな」
「名乗っている名前ばかりが本当だとは限らないだろ?それに、私の心当たりにはそういうことが関係ないんだ」
「関係ない?」
「ああ。なんとかなるだろ」

 自分が探すわけでもないのに、泰成は自信のある様子で頷いている。
 惺の名を知らなくても、惺の姿を見なくても、その居場所を言い当てた人物。相手に逃げる気がなければ、寸分違わず居場所を特定できる女。
 明日、惺を連れて行ったら、シルヴィアはどんなに驚いて、そうして新たな依頼にどれほど不愉快な顔をするだろう。
 想像するだけで楽しくなっているのは、泰成が彼女を気に入っている証拠だ。

 正体不明の殺人鬼に、謎めいた占い師。美しく儚い不死の男。この街には泰成の興味を惹く人間ばかり集まっている。
 退屈な首都での生活より、ずっと面白い毎日だ。やはりここへ来ようと思った自分の直感は、間違いじゃなかった。

「まあ、全ては明日だ。今夜はあんたを抱きしめるだけにして、床につく。そういう約束だったからな」
「泰成、お前な」
「抱いてもいいなら喜んで抱くぞ?私がこんなに気遣ってやるのは、世界中であんただけだ」

 どうする?と手がつけられないくらい楽しそうな顔で、泰成尋ねた。
 どうしようもなく子供っぽい顔を睨み、惺は嫌そうに「遠慮しておく」と呟く。

「残念だな」
「いい加減、離せ」

 身を捩るが、気分の高まってしまっている泰成は、耳を貸そうとしない。

「宿はどうするかな…さすがに私の滞在している所では、子供の教育に悪そうだ」
「子供?!お前、殺人鬼見物に、子供を連れてきているのか?!」
「子供扱いする年でもないと思うんだが、私の従者はまだ幼くてね。そのうち会わせてやるよ」
「どこまで悪趣味なんだ…お前」
「まあ、どこでもいいか。あの廃墟に比べたら、埃が払われているだけでも十分だろう?」

 くすくす笑いながら、全てを手中に収めている顔で、泰成が惺の耳に口付ける。
 もう今夜は何を言っても聞きそうにないと諦めて、惺は渋々頷いた。



≪ツヅク≫