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【この空の下に④】 P:01


 笠原泰成(カサハラタイセイ)には珍しく、目覚めたときから上機嫌だ。
 この連続殺人鬼が横行する街へ来てからというもの、当初は犯行に合わせて、最近では美しい人影を追って、毎夜街を歩き回っていたので。こんな日の高いうちに起きていたことなどめったにない。
 しかし今日は、朝方帰ってきてそのまま眠りに就いたところまでは同じなのに、昼前にはもう起き出していた。
 昨日の夜の出来事が、泰成を喜ばせているせいだ。

 追いかけ続けた人の名前を聞き出し、彼と翌日の約束をした。
 惺、という彼の名前。
 星の心と本人が言ったように、細くなった月夜に見つめる彼にその名はとても相応しく、不機嫌そうな表情までが、いっそう美しく見えた。
 抱かないと言ったじゃないか、なんて突っぱねられ、本当に惺を抱きしめることしかせずに眠りに着いた夜。
 明け方にそばを離れた泰成は「昼過ぎに迎えに来る」と囁いて、滞在中のホテルへ戻って来たのだ。

 何もしない、と。口にしたからといって本当に何もしなかったのは、初めてかもしれない。そんなものはひとまずベッドへ連れ込むための常套手段だと、ずっと思っていた。
 同じベッドで眠る相手に何もしないなんて。どう考えても守るはずがない約束なのだが、泰成の本能はその些細な約束を守れと訴えた。その方がいい。きっと惺は、そういうことに敏感だ。
 不安定な感情を垣間見せる、繊細な人だから。彼を手に入れたかったら、どんなに自分がくだらないと思うことでも守って見せてやったほうがいい。
 それに昨夜は、なぜか間近で惺を見つめていても欲情が煽られず、その細い身体を抱いているだけで、心地いい眠りが泰成を満たしていたのだ。

 自分の使う主寝室から起き出し、広いフロアへ移動する。人気のない様子に副寝室を覗くが、年若い従者の姿は見つけられなかった。
 自分勝手な泰成にとって、従者が主に無断で所在不明になるのは、許しがたい行為だ。たとえいつもなら主人が眠っていておかしくない時間であったとしても。
 だがまあ、今日はいいだろう。
 本当に、鼻歌でも歌いだしたくなるくらい、機嫌がいいのだから。

 しかし泰成は普段、自分に出来ないことはないなどと豪語しているわりに、付き従う者無しでは、身の回りのことが何も出来ない。
 着替えも、目覚めのお茶も、何一つままならない。そういうことを一切しないで済む環境に育っている。