「さて、どうしたものかな」
夜着に薄いガウンを羽織って、窓辺に立つ。うす曇の空。この国では大抵、毎日こんなものだ。快晴の方が珍しい。
がちゃ、と扉の開く音を聞いて振り返ると、そこには小柄な少年が、驚いた表情で立っていた。
「泰成様…!」
大きな紙袋を抱え、慌てて中へ入ってきた少年。泰成がこの街へ唯一伴ってきた従者、来栖秀彬(クルスヒデアキ)だ。
「も、申し訳ありません、泰成様」
まさか主人が起きているとは思わなかったのだろう。テーブルの端に抱えていた紙袋を置き、顔を青くしている。
泰成は上機嫌そのままに微笑んだ。
「構わんよ。まさか私が起きているとは思わなかったんだろう?」
「は、はい…申し訳ありません…」
詫びる少年は俯きしょげかえって、立ち竦んでいる。
自分はこんなに彼を怯えさせるほど、いつも辛く当たっているだろうか、と。泰成は苦笑いを浮かべた。
心や、魂というものは、目に見えないがその分複雑で、重要なものらしい。
気持ちが穏やかだというだけで、自分が満たされているという、たったそれだけのことで、今まで気づかなかったことに気付くことが出来るのだから。
「どこへ行っていたんだ?」
「あの…本当に、申し訳ありません…お目覚めになる前には戻るつもりでした」
「だからそれは、構わないと言ったろう?大荷物のようだが、何を持って来たんだ」
興味深そうに紙袋を見つめる。
ようやく気を落ち着けたのか、秀彬は泰成の前で、ごそごそと自分の持って帰って来た紙袋を開いた。
少年にしてもこんな機嫌のいい主を見るのは、珍しいことなのだ。
「お茶が切れておりましたので、その補充と…あと、今日の新聞を何紙か…」
「新聞は毎日、ホテルが用意するんじゃないのか?」
こういう場所には泊まり慣れている泰成だ。毎朝部屋へ、ホテルの者が新聞を届けに来るのは知っている。
ゆっくり窓辺を離れてソファーに腰掛けると、秀彬はその前に何誌もの新聞を並べだした。
「こちらがホテルから提供される、ブロードシートです。タブロイドはサービスに入っておりませんので…あとは、地元紙を何紙か」
秀彬が几帳面に並べる新聞を見て、泰成は驚いた表情になる。
毎日自分が目覚めると、テーブルに並んでいる何紙もの新聞。ざっと目を通すだけのそれは、てっきりホテルが用意しているものだと思っていた。