【この空の下にD】 P:02


 値踏みするような目で二人をじろじろ見ている老婆は、慇懃なだけにいささか失礼な言葉で、彼らを追い出そうとしている。
 泰成は懐から紙幣を出して折り畳むと、彼女の手にそれを握らせた。

「今が何時か、お前は何が好きか、ここで一番必要なものは何か。私は知っているつもりだ」
「そ…そりゃあもう!」
「三度目はない。シルヴィアを呼べ」
「ええ、ええ。ただ今、すぐにでも!」
「待たせてもらうぞ」
「こちらへどうぞこちらへ!おい誰か!旦那たちにお茶をいれておいでっ!」

 いやらしい笑みを浮かべて奥の者へ怒鳴った老婆は、粗末ではございますが、とぱたぱたと埃を払って椅子を勧める。それに腰掛けた泰成は、隣に惺を手招いた。
 年寄りとは思えない速さで駆け出していく老婆をちらりと見遣り、惺は勧められた椅子に座らず、泰成を睨みつける。

「…お前にはそれしかないのか」
「それ…?金か。便利だろ」
「確かに便利なようだな。今の女といい、警察署長といい…人の心を惑わせる力はあるようだ」
「そう言うなよ。素直なもんじゃないか」
「もう少し、有益なことに使ったらどうなんだ」
「有益なことねえ…ああ。暗い場所では火をつけることも出来るんじゃないか?」

 硬貨じゃ無理だが紙幣なら出来るだろ、と嫌味な答えを口にして、泰成は用意されたティーセットを鬱陶しそうにテーブルの端へ押しやった。
 時間外労働を強いられてまでお茶を入れた女が、顔をどす黒くするほど憎しみを込めて泰成を睨む。
 この国はなぜかお茶に煩い国だ。もてなす方にも、受ける方にも、それなりの作法がある。こんな場所の茶が飲めるか、と言いたげな泰成の態度は、彼女のプライドを傷つけたのだろう。
 惺は仕方なく泰成の向かいに座り、粗末なティーカップを手に取った。

「あんたは本当に、どっちなんだ?」
「何が」
「他人を突き放すかと思えば、傷つけまいと気遣いを見せる」

 泰成にそう言われ、はっと自分の口にしたお茶を見た惺は、すぐにそれを置いてしまった。

「別に。喉が渇いていただけだ」
「喉がねえ?」
「煩い」

 惺の拗ねた表情を見て、泰成は笑みを浮かべる。
 意地悪なことを言ってしまったが、本当の惺はきっと、かなりのお節介で、面倒見がいい男なのだ。彼が他人を遠ざけているのは、自分に人を巻き込まないための、苦渋の選択なのかもしれない。
 そういう自分の、冷淡に見える行為が他人を傷つけているということに、誰より惺自身が傷ついているような気がする。泰成はじっと惺を見つめていた。