「ごめんなさい、わからないわ」
「おい」
「体調が悪いみたい。日を改めて」
「何を言ってるんだ?そんなこと一度も言ったことないだろ」
「お願いよ、今日は出来ないっ!もう帰って!!」
シルヴィアはいきなり踵を返して、階段を駆け上がっていく。
しばし唖然としていた泰成は、視線を鋭くして彼女を追うために立ち上がった。
「あの女…!」
「泰成っ」
面目を潰されて頭にきている泰成の腕を掴み、追いかけようとするのを惺が引き止めた。
「やめなさい」
「しかし…」
「こういうのは、繊細なものだろう?彼女が出来ないと言うんだ。無理矢理させても結果が得られるとは思わない」
「それは…そうだが」
「いきなり押しかけたのは我々だ。もういいから、行こう」
言い含められた泰成は、渋々頷いて娼館を出た。
じろりと後ろを振り返る。最近ではようやく役に立つことを認めてやったと言うのに、肝心な所で顔を潰されるなんて。
所詮、娼婦などこんなものか。
「泰成」
「…ああ」
少し先へ行っていた惺を追いかけると、彼はなんだか複雑な顔に曖昧な笑みを浮かべて、泰成を見上げていた。
「なんだ?」
「いや…随分と怖い顔をするんだな。警官に詰め寄られても、取り囲まれた群衆に責められても、平然としていたくせに」
「嫌いなんだよ」
「何が」
「肝心なときほど役に立たない輩が」
吐き捨てるように言って、泰成は惺を伴い宿泊しているホテルへ向かって歩き出した。こんなに早く帰れば、また幼い従者を驚かせるだろうが、彼は有能だ。身体を売るしか能のないあの女とは違う。
苛々した気分を収めるためにも、早く宿へ戻って秀彬(ヒデアキ)の淹れるお茶が飲みたかった。
むすっと不貞腐れている泰成の隣を、惺は苦笑いを浮かべて歩いていたが、泰成自身はそれに気付いていない。初めて年相応の顔を見たなんて、惺が考えていることが知れたら、また癇癪を起すだろう。
「そういえば」
「うん?」
「いや…そういえば、祖国を出たとき。あの子も役に立たなくて、酷い足手纏いを押し付けられたと思ったもんだったな」
「あの子?」
首を傾げて尋ねる惺を見下ろし、泰成はようやく気が静まってきたのか、柔らかく微笑んだ。
「この街に伴ってきた従者だ。秀彬という子でね…もう十五になるはずだが、随分と幼く見える」
「お前が殺人鬼探しに付き合せているという子供か?」