「お前、いい加減に…」
「おっと」
眉を顰めてぎりっと奥歯を噛み締めた惺が、本格的に怒鳴るのを察して、泰成は彼の肩を抱いた。
「怒るなよ、惺。冗談だろ」
「冗談で済まされるかっ」
「わかったわかった。さあ行こう!私の宿泊先はすぐそこだ」
ぶつぶつと不機嫌に文句を言い続ける惺を宥めすかし、泰成は上機嫌にホテルへの角を曲がる。
しかしそこで足を止めた。
急に立ち止まった泰成につられた惺は、体勢を崩しかけるが、肩を抱かれていたおかげで踏みとどまる。
「な、んなんだ、急に!」
「…秀彬だ」
「ひであき?」
「ああ。今、言っていた私の従者の…」
惺が泰成の視線を追うと、確かにそこでは小柄な東洋人の少年が、誰かと話をしている様子。相手は腰の曲がった老人だ。
「…何をしてるんだ?あいつは」
「僕に聞かれたって知るはずないだろ」
泰成と惺が顔を見合わせる。
二人はそうっと少年に近寄って行った。
ホテルを出てほんの少し歩いた所で、少年は老人と話している。明るい表情を見れば、何かを咎められたり、責められたりしているわけではないと知れるのだが。
泰成は自分が、このホテルを出ている間の秀彬のことを何も知らないのだと、朝に続いて思い知っていた。
秀彬は泰成が見たこともない老人と言葉を交わし、何かを渡しているのだ。
少年の握っているものが紙幣だと気付いて、惺は不審げに眉を寄せる。
「金、じゃないか?」
「ああ…まさか、あいつ」
たかりにでも遭っているのだろうか?
黙って近づいていく二人の、視線の先。泰成の心配を他所に、少年はしばらくすると、老人から大きな花束を渡された。
嬉しそうにそれを受け取り、軽く手を上げて離れていく老人を見送った秀彬は、ホテルを振り返ろうとして、ようやくすぐそばに立っていた泰成を見つける。
「泰成様…!」
「ああ。戻ったよ」
「お帰りなさいませ」
にこりと微笑む秀彬の腕に抱えられた、白い花ばかりの花束。それに見覚えのある泰成は、ようやくことの次第を知って、髪をかき上げた。
「そういうことか…」
「はい?」
「その花も、ホテルが用意したものではなく、わざわざお前が毎日、さっきの老人から買っていたんだね」
「毎日ではございませんが、泰成様が白い花をお好きだと思いましたので」
「確かにそうだ。…本当にお前は、役に立つな」