【この空の下にD】 P:10


 褒め言葉にほわりと頬を染めた秀彬は、行こうと促され、泰成たちの少し後ろをついてくる。その細い腕には、毎日部屋に飾られていた白い花束。
 自分の好みをよくわかっているホテルだなあと、今の今まで泰成はのんきに考えていた。

「…お前の知力など、所詮その程度のものだ」
「手厳しいな」

 惺の鋭い指摘に、苦笑いを浮かべる。
 確かに今だけは言われても仕方ない。

「役に立たん人間が嫌いだと言ったな?だったらお前、その無駄に大きい腕を持て余さずに、彼の荷物を受け取ってやったらどうだ」
「それは私の仕事じゃないだろ」
「馬鹿かお前は。自分で出来ることぐらい自分でやれ」

 惺の言葉に、泰成はびっくりした顔をする。そんなことを言われたのは初めてだ。泰成はこれまで、身支度ひとつでも「自分ではやるな、立場が違う」と言われ続けていたのだから。
 戸惑って秀彬を振り返ると、彼にも聞こえていたのだろう。少年は滅相もない!と首を振っていた。

「大丈夫です、持てますっ」
「ほら」
「ほらじゃないだろ。…君もだ。この男を甘やかすんじゃないよ」
「あの、本当に大丈夫です…ぼ、く…いえ私の仕事ですから、お気になさらないで下さい」

 あたふたと秀彬が答えるのに、惺も苦く笑った。どうやらこの少年にとって、自分の仕事を泰成に任せるのは、重い花束を抱えるどころの心労じゃないらしい。
 自分の宿命を彼がどう思っているか。聞くまでもなさそうだ。

「秀彬、彼が今朝がた話していた、私の客人だ。滞在中は私に仕えるのと同じように彼にも仕えなさい」
「かしこまりました」
「余計なことを言うな…秀彬、だったな」
「はい」
「普通にしていればいいんだよ。僕はこんな横暴な主人ヅラをするつもりなどない。君のことは秀彬と呼ばせてもらうから、君も僕のことは惺と呼べばいい」

 話しかけるのはいつも通りの抑揚のない声だが、その言葉に今までなかった柔らかさを感じて、泰成は拗ねた顔になる。

「随分じゃないか」
「何がだ」
「私が貴方の名前を聞くまで、何日かかったと思ってるんだ?」
「覚えてないな」
「…私があんなに苦労して聞き出したことを、秀彬にはあっさり教えるのか…これから何か、貴方に聞きたいことがあったら、秀彬に尋ねさせればいいんだな」
「何を拗ねてるんだお前は。子供かっ」
「坊やなんだろ、どうせ。…秀彬、もうわかっているだろうが、この人は我々と同国の出身だ」